お前のことを考えない時間なんて、一度もなかった。
目を覚ましているときも、眠りに落ちる直前も、まぶたを閉じたあとでさえ、思考の底から浮かび上がってくるのは、いつもお前だった。
剣を握る指に力を込める瞬間や、血の気が引くような静寂の中で呼吸を整えるとき、その奥には、必ずお前の存在がある。
意識して思い出しているわけじゃない。
忘れようとしたことすらない。
気づけば、最初から、そこにあった。
お前の声を聞くだけで胸の奥がざわつき、息が乱れる。
名前を呼ばれるだけで、騒がしかった世界が一瞬で遠のき、音が消える。
それほどまでに、俺の感情も判断も迷いも、すべてはお前を中心に回っていた。
俺の人生は、いつの間にか、お前を起点に形を成していた。
お前を守りたいと思ったのは、使命だからじゃない。
役目を与えられたからでも、正しいと信じていたからでもない。
ただ、失いたくなかった。それだけだ。
お前が笑う場所を、お前が立つ地面を、お前が息をするこの世界を。
それらが壊れる光景を思い浮かべるだけで、胸の奥が裂けそうになる。
だから刀を取った。
だから立ち続けた。
それ以外の理由は、最初から存在しなかった。
もし願いが叶うなら、歴史が歪んでも、未来が失われても構わないと思っていた。
この先の時代がどうなろうと、俺の人生がどう終わろうと、どうでもよかった。
それでも、お前はそうしなかった。
お前と並んで横になった夜のことを、俺は今も手放せずにいる。
言葉は多くなかった。
確かめ合うような会話も、約束もなかった。
ただ、夜の冷えを分け合うように、自然と距離が縮まり、気づけば肩が触れていた。
お前の温もりは、思っていたよりも静かで柔らかい。
抱き寄せた腕の中で、お前は何も言わず、ただ呼吸を預けてくる。
その重みが、あまりにも無防備で、守られることを当然としない強さを孕んでいて、胸の奥が強く締めつけられた。
触れたのは、必要だったからだ。
欲したからではないと言えば嘘になるが、それ以上に、離れてしまいそうだった。
夜の闇の中で、お前の指が確かめるように俺の衣を掴む。
それだけで、すべてが通じた気がした。
名前を呼ぶこともなく、愛していると口にすることもない。
それでも、確かに情けは交わされていた。
互いの鼓動を感じ、呼吸が重なり、夜が静かに深まっていく中で、俺たちは何かを共有してしまった。
朝になれば戻らねばならない場所があると、二人とも分かっていたからこそ、その時間は、あまりにも短く、あまりにも深い。
お前は眠る前、ほんの一瞬だけ、俺の胸に額を預けた。
その仕草が、今も離れない。
それが最後になるかもしれないと、言葉にせずとも理解していたからこそ、俺は何も言えなかった。
あの夜があったから、俺はその後、どんな戦に立っても折れずにいられた。
触れた温もりも、預けられた重みも、情けを交わした沈黙も、すべてが今も俺の中に残っている。
失ったわけではない。
終わったとも思っていない。
ただ、俺の人生の奥深くに、二度と消えない形で沈んでいるだけだ。
俺がどれほど願っても、どれほど必死に縋っても、お前は選ばなかった。
何も言わず、何も求めず、ただこちらを見るその目だけが、あまりにも優しい。
責めることも拒むこともなく、理解しているからこそ離れるという選択。
その視線が、今も離れない。
時が流れて名前が消え、お前という存在が記録から消え去ったとしても、俺の中では、お前だけが、あの夜のまま生き続けている。
忘れることも、薄れることもない。
記憶ではなく、もう一部になってしまった。
春が来るたび、胸の奥で、同じ痛みが静かに咲く。
美しく、残酷で、決して手に取ることの出来ない花のように。
それでも構わない。
痛みが続いても、失い続けても、後悔はしない。
俺は、お前を愛した。
誰よりも深く、重く、どうしようもなく。
それだけで、この人生は十分だ。
(――本編へ)
※本作は予告編です。本編は別作品として公開中です。
目を覚ましているときも、眠りに落ちる直前も、まぶたを閉じたあとでさえ、思考の底から浮かび上がってくるのは、いつもお前だった。
剣を握る指に力を込める瞬間や、血の気が引くような静寂の中で呼吸を整えるとき、その奥には、必ずお前の存在がある。
意識して思い出しているわけじゃない。
忘れようとしたことすらない。
気づけば、最初から、そこにあった。
お前の声を聞くだけで胸の奥がざわつき、息が乱れる。
名前を呼ばれるだけで、騒がしかった世界が一瞬で遠のき、音が消える。
それほどまでに、俺の感情も判断も迷いも、すべてはお前を中心に回っていた。
俺の人生は、いつの間にか、お前を起点に形を成していた。
お前を守りたいと思ったのは、使命だからじゃない。
役目を与えられたからでも、正しいと信じていたからでもない。
ただ、失いたくなかった。それだけだ。
お前が笑う場所を、お前が立つ地面を、お前が息をするこの世界を。
それらが壊れる光景を思い浮かべるだけで、胸の奥が裂けそうになる。
だから刀を取った。
だから立ち続けた。
それ以外の理由は、最初から存在しなかった。
もし願いが叶うなら、歴史が歪んでも、未来が失われても構わないと思っていた。
この先の時代がどうなろうと、俺の人生がどう終わろうと、どうでもよかった。
それでも、お前はそうしなかった。
お前と並んで横になった夜のことを、俺は今も手放せずにいる。
言葉は多くなかった。
確かめ合うような会話も、約束もなかった。
ただ、夜の冷えを分け合うように、自然と距離が縮まり、気づけば肩が触れていた。
お前の温もりは、思っていたよりも静かで柔らかい。
抱き寄せた腕の中で、お前は何も言わず、ただ呼吸を預けてくる。
その重みが、あまりにも無防備で、守られることを当然としない強さを孕んでいて、胸の奥が強く締めつけられた。
触れたのは、必要だったからだ。
欲したからではないと言えば嘘になるが、それ以上に、離れてしまいそうだった。
夜の闇の中で、お前の指が確かめるように俺の衣を掴む。
それだけで、すべてが通じた気がした。
名前を呼ぶこともなく、愛していると口にすることもない。
それでも、確かに情けは交わされていた。
互いの鼓動を感じ、呼吸が重なり、夜が静かに深まっていく中で、俺たちは何かを共有してしまった。
朝になれば戻らねばならない場所があると、二人とも分かっていたからこそ、その時間は、あまりにも短く、あまりにも深い。
お前は眠る前、ほんの一瞬だけ、俺の胸に額を預けた。
その仕草が、今も離れない。
それが最後になるかもしれないと、言葉にせずとも理解していたからこそ、俺は何も言えなかった。
あの夜があったから、俺はその後、どんな戦に立っても折れずにいられた。
触れた温もりも、預けられた重みも、情けを交わした沈黙も、すべてが今も俺の中に残っている。
失ったわけではない。
終わったとも思っていない。
ただ、俺の人生の奥深くに、二度と消えない形で沈んでいるだけだ。
俺がどれほど願っても、どれほど必死に縋っても、お前は選ばなかった。
何も言わず、何も求めず、ただこちらを見るその目だけが、あまりにも優しい。
責めることも拒むこともなく、理解しているからこそ離れるという選択。
その視線が、今も離れない。
時が流れて名前が消え、お前という存在が記録から消え去ったとしても、俺の中では、お前だけが、あの夜のまま生き続けている。
忘れることも、薄れることもない。
記憶ではなく、もう一部になってしまった。
春が来るたび、胸の奥で、同じ痛みが静かに咲く。
美しく、残酷で、決して手に取ることの出来ない花のように。
それでも構わない。
痛みが続いても、失い続けても、後悔はしない。
俺は、お前を愛した。
誰よりも深く、重く、どうしようもなく。
それだけで、この人生は十分だ。
(――本編へ)
※本作は予告編です。本編は別作品として公開中です。



