私、日下ひより。猫が大好きな中学二年生。
海沿いの町、「わだつみ」に住んでいるの。
「わだつみ」は海の神様っていう意味があるんだよ。
海がとっても綺麗で人魚の伝説なんかも残っているの。
昔から漁業がさかんで、魚めあてにたくさんの猫が集まってきた、「猫の町」でもあるんだ。
気候も人も穏やかで、とってもいい町だよ。
でもね、最近ちょっと物騒な事がいくつかたてつづけにおこって、お父さんやお母さんをはじめ大人達は心配でピリピリしているみたい。
物騒なことって何かって?
ひとつは私と同じくらいの年頃の少女による集団入水事件――。
先月、わだつみ海岸で10人くらいの女の子たちが手をつなぎながら海に入っていったらしいの。半数は未だ行方不明になっているんだって。可愛そうに──どうやら全員となりの中学の子らしいけれど、詳しいことはわかっていない。
もう一つは中学生女子ミイラ化事件、こちらも主にとなりの中学で起こっているらしいけれど、先日ウチの学校でも女性徒の身体が突然ミイラ化する事件がおこったらしいの。被害にあった子はまだ入院中みたい。
最後は「猫いじめ」。
こちらも一ヶ月くらいまえから起こっているんだけれど、地域の猫を捕まえて、縛って動けなくしたり、もっとひどいこともするんだって──。何だか怖い事がどんどん近づいてくるみたいで、とても怖い。
どの現場も、近くにはいつも魚の鱗のようなものが落ちていて、「人魚の呪いだ」という噂が立っているんだけれど、でも人魚だなんで──本当かな?
***
私はお母さんと一緒に「地域猫保護活動」というボランティアをしている。
朝と晩に地域の家の無い猫たちにごはんと水をあげて、猫達が汚した場所を掃除してまわるの。
野良猫が増えないように、新しい家族を見つけたり、病院に連れて行って去勢手術を受けさせたりなんかもしている。
4月になって花冷えが続いたせいで、お母さんが風邪をひいちゃったから、今晩は私がひとりでまわる事にした。
「猫いじめの犯人がウロついているもしれないからやめないさい」って、お母さんは言ったし、実際とってもこわい。
でも、かわいい猫たちがまっているんだもの。
私はパトロールもかねて、懐中電灯に猫たちのごはん、それに掃除用具を手にいつもの地域を移動しながらまわった。
アチコチまわって最後にやって来たのは駅前の商店街から少し脇道に入った所にある公園、「わだつみ駅前公園」だ。
この公園の裏通り側にちょうど私の中学校がある。
今は新しい遊具を設置中らしく、入り口からみて右側手前は三角コーンに黄色と黒のポールで「立ち入り禁止」のコーナーがあり、やや手狭になっている。
その中はシーツが覆い被さった資材や、土を運ぶ手押し車、それに機材などが散乱していた。
一連の事件が起きてから、工事も休止していてしばらく放置されているから、猫たちが入って怪我をしないか心配になってしまう。
早く事件が解決して、工事も終わるといいな。
この公園の餌置き場、ベンチと茂みの裏にある大きな桜の木の根元には、時間になるといつも5~6匹の猫たちが集まってくる。
今はお花見シーズンだけれども、事件があったせいか公園に人気はない。
夜風に吹かれて桜の花びらが雪のようにチラチラと舞って美しい。
しばらく見蕩れていたら、足元に柔らかいものがすり寄ってきた。
猫たちの「ごはんちょうだい」の合図だ。
「ごめんね。お待たせしました。チビ、シロ、タマ、モモ、クロ、ハナ、ご飯だよ~」
とっても人懐っこくて可愛い私の大切なお友達たち。
みんな私の足元でお行儀良くカリカリを食べはじめる。
あれ? ……おかしいな? いつも真っ先にやってくる食いしん坊のハナちゃんが居ない。
「ハナ? ハナちゃん?」
茂みの中やベンチの下などを懐中電灯を照らして覗いてみたものの、見あたらない。
嫌な予感がして、公園中を探し回る。
「ひえっ!」
なんとゴミ箱の中からロープでグルグル巻きに縛られたハナちゃんをみつけた……!
「ハナちゃん……!! ハナちゃん!! 大丈夫? すぐに助けてあげるからね」
私はハナちゃんをゴミ箱から救い出し、皆の元へと連れ出した。
他の子たちも心配そうに集まってくる。
震える指先で何とかロープを解くと、ハナちゃんはぐったりしていた。ひどい。何時間縛られていたんだろう……? 外見からは怪我はないようだけれど、とても衰弱しているみたいだ。
いつもふわふわの毛がしっとりと寝てしまっている。
「よし!」
私は意を決して、自分の秘密の力をつかうべく横たわったハナちゃんに左手をかざした。
キィィイン──!!
左手から柔らかな白い光が漏れ出す。
次第に大きくなり、満月の光が夜道を照らすように、ハナちゃん全体を淡く光ながら包み込む。
やがてぺっとりと寝ていたハナちゃんの髭や体毛がピクピクと動き出し、パチリと目を開けた──。
「良かった! ハナちゃん!」
ハナちゃんは寝起きのせいか、しばらくボンヤリしていたものの、私の顔を認めるとすぐに起き上がってスリスリと擦り寄ってきた。
いつもの「ごはんちょうだい」の合図だ。
「あははっ。いつもの食いしん坊のハナちゃんだ!」
私は神様が与えてくれたであろう、自分の秘密の力「左手で触れると心や身体の傷を癒やす事の出来る力、『癒しの手』の力」に感謝した──。
ほっとしたのも束の間、ふと気がついた事がある。
ハナちゃんが縛られていた……つまりは、この公園に「猫いじめの犯人が来た」ということだ。
もしかしたらまだ近にいるかもしれないし、様子を見に戻ってくるかもしれないという可能性に思いあたり、ぞっとして身体が強張る──そこへ。
──噫。ああ。
ささやかだけど確かに聞えた。
とても美しい歌声だった。
ビクリと声のする方へ顔を向けると、公園の街灯の下に美しい少女が立っていた。
桜の花びらが雪のようにヒラヒラと舞う中、スポットライトを浴びるよに歌っている。
モデルのようにしなやかな長い手足。
カラスの濡れ羽色の細くて長い髪に、白い肌。
それに切れ長の大きな瞳。
月光に照らされた顔は息を呑むほど整っていた──。
「だ、だれ……? あなたは一体……?」
どうしよう? 「癒しの手」の治療を見られた?
──何者なの? そう訊こうとした矢先。
「あなたにも聞えるの? 私の歌──」
えっ?
──逆に尋ねられてしまった。
「……あなた、お名前は?」
「あ。えと、日下ひより……です」
「じゃあまたね。ひよりちゃん」
「え、ちょ……ちょっと!」
呼びかけも虚しく少女は来た時と同じように風のように去って行った……。
この時は彼女の言う「またね」が本当にすぐにやって来るとは私は思いもしなかった──。
***
「ちちんぷいぷい。いたいのいたいの飛んでいけ〜」
幼い頃。理由は忘れたが派手に転んだ。
ひざをすりむいて泣いている私にかけよって来て、おばあちゃんは呪文を唱えた。
すると傷口がほうっと白く光り、傷も痛さもどこかへ消えた。
「すごい! おばあちゃん。魔法つかいなの?」
「ふふふ。どうだろうねぇ? このことはひよりとおばあちゃんのひみつだよ」
おばあちゃんは口元に人差し指をあてると、しーっ。と言いながらウィンクした。
私はおばあちゃんの力が誇らしくて、羨ましくて、マネをするようになった。
金魚鉢の中で弱々しく浮いている金魚に。
鳥籠のなか、飛べなくなった小鳥に。
幼稚園のうさぎ小屋の肋の浮いたうさぎに。
「ちちんぷいぷい。いたいのいたいの飛んでいけ〜」
するとどうだろう。
金魚は悠々と泳ぎ、小鳥は鳥籠を脱走し、うさぎはニワトリのエサまでも食べるようになり丸々と太った。
「まぁ……! ひより。あなたも使えるのね。この『癒しの手』の力を!」
私の力を知って、おばあちゃんは大層喜んでくれたけれど、一方でとても困った顔をした事をよく覚えている。
「ひより。この力はね、とても大切な力なの。それと同時に秘密にもしないといけない力なんだよ。だからおばあちゃんと約束して。他の人の前では決して力を使わない事を……」
当時の私は理解が出来なかった。
人の役に立つ力なんだから、どんどん使えばいいのに……そう思っていた。
でも、おばあちゃんの迫力に負けてそれから何年も人前で「癒しの手」の力を使う事はなかった。
あの時までは──。
小学校3年生の時、いつも一緒に下校している子たちが居た。
マキちゃん、アオイちゃん、スズカちゃん、それにスズカちゃんの弟のレオくんだ。
帰る方向が同じなのと、みな比較的大人しい子たち同士だったので波長が合ったのだろう。
ケンカする事もなくとても仲良く過ごせて居たと思う。
いつもの帰り道。
住宅街にある道路に差し掛かった時だった。
赤信号だったので私たちは止まったが、向こうから身体の小さな母猫が3匹の子猫を連れ立って道路を渡ってくるのが見えた。
車は急ブレーキを踏んだが間に合わず、母猫をはねてしまった。
そしてそのまま逃走した。
すぐに青信号になったので、重ねてひかれることはなかったが、遠目にも母猫がぐったりしているのがわかった。
私は血相を変えて母猫に走り寄る。仔猫たちも心配そうに母猫を取り巻いて、ニャーニャーと鳴き叫んでいる。
血溜まりの中から母猫を救い上げ、道路をわたりきると、マキちゃん、アオイちゃん、スズカちゃん、レオくんもやって来た。
「死んじゃったの……?」
とマキちゃん。
「死なせないよ」
と私が言う。
「どうしよう。どうすればいいの? 動物病院に連れて行く?」
比較的冷静なアオイちゃんに対してスズカちゃんたちは顔面蒼白となり無言で佇んでいる。
私は消えようとしている命の前に必死だった。
「ちちんぷいぷい。いたいのいたいの飛んでいけ」
「ちちんぷいぷい。いたいのいたいの飛んでいけ」
「ちちんぷいぷい。いたいのいたいの飛んでいけ」
淡く白い光が手のひらから放たれ、母猫を包み込む。
頭がクラクラする。
しまいには呪文を唱えず、ただ必死で手をかざしていたと思う。
やがて……。
「にゃあ」
母猫が息を吹き返し、ムクリと立ち上がる。
仔猫たちが嬉しそうにかわるがわる母猫を舐めた。
「よかった……」
でも……。
疲労と安堵でへたり込んでいる私の頭上から投げかけられた言葉は今でも忘れられない。
「こわい。ひよりちゃんて魔女だったの……?」
「えっ……!?」
「だって、お医者さんでもないのにあんなに血だらけの猫をなおしちゃうだなんて、変だよ!」
スズカちゃんは後ずさりながら、震えていた。
ふと気がつくと、マキちゃんもアオイちゃんも、レオくんだって私から距離をとっている。
お化けでも見るような、恐怖に見開いた目線に耐えられなくなり、私は必死で訴える。
「ま、魔女なんかじゃないよ! ちょっと不思議な力が使えるだけだよ! いいことにしか使ったことないよ!」
「そんなのわからないじゃん。ひよりちゃんも血だらけだし、怖いよ!」
気がつけば母猫を抱き上げた時の血が私の服を染めていた。手だって血だらけだったのに、私は皆に手を伸ばしてしまった。
「待って! 違うの……!!」
「いやぁあああ! 血! 血がついてる! 怖い!!」
スズカちゃんが走り去ったのを機に、皆一目散に駆け出す。
一人残された私はある言葉を思い出していた。
ああ……。
『おばあちゃんと約束して。他の人の前では決して力を使わない事を……』
私はおばあちゃんが言った意味を身をもって理解した。
次の日から、私の学校でのあだ名は「魔女」となり、ひとりぼっちで過ごす事が多くなった。
噂は独り歩きし「猫を殺すことで魔女の力を得ている」なんてとんでもないものもあったが、全て無視した。「嘘をつく人間たちよりも猫が助かったのだから良い」とさえ思った。
お母さんと地域猫保護活動を始めたのもその頃だ。
あの日、血だらけで泣きながら帰った私の原因が野良の親子である事を知り、お母さんは何か出来ないかと考えてくれたのだ。
正直、この活動には救われた。
学校で友達も居場所も無くなった私にとって、お母さんや他の保護活動仲間、それにかわいい猫たちとの交流は私の心を癒してくれた。
活動を続けて行く中で、弱った猫や怪我をした猫に会う事もあるが、私は件の事件以来、呪文を唱えずとも「癒しの手」の力を使えるようになっていたので、母が見ていない隙にそっと治してあげたりもした。
こうして「猫殺し」と真逆の猫保護活動を地道に続けていたせいか、やがて、中学に上がるとその噂の元はうやむやになり、「魔女」というあだ名だけがのこった。
***
新学期。
桜は盛りを過ぎてしまったが、私は雪のように舞う散りかけの桜が好きなので、何だかふわふわと浮かれていた。
今日から中学2年生!
掲示板に貼り出された名簿を見て、自分は2年1組である事を確認していたら──。
「ひより! おんなじクラスだったぜ!」
振り向くと桜井尊が仔犬のような笑顔で近づいてきてくれた。
さらさらの健康的な髪、意思の強そうな黒目がちの目とあわせてどこか日本犬を思わせる、私の幼なじみで親友だ。
「本当に? 嬉しいな。また一年間宜しくね」
私たちは連れ立って教室に向かった。
「そうそう! そういえば、すっごく綺麗な女子が居たよ! 初めて見る顔だし、制服間に合わなかったのか余所の学校の制服着ていたし、今春から転校して来たんじゃないかな? あの子も同じクラスだといいな!」
「尊ったら。本当に綺麗な子好きだねぇ」
「いや、だってめちゃくちゃ綺麗だったんだって! ハーフみたいに不思議な目の色していて、色白くて、手足長くて! モデルみたいなの。なんかもう『雪の女王様さま』ってかんじ!」
「それを言うなら『雪の女王』でしょ。ハンス・クリスチャン・アンデルセンの」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
私たちは顔を見合わせて笑った。
『不思議な目の色』と聞いて私は先日の少女を思い浮かべた……。
でも、そんな。まさかね……。
ざわざわと落ち着かない教室内。
朝のホームルームまではまだ時間がある。
皆お互いにどんな子がクラスメイトなのか確認し合っているようだ。
「……おい、アレ、『西小の魔女』じゃね?」
「あ、本当だ。意外とかわいいんなんだな」
私の事だ。
──チクン。と忘れていた胸の痛みが蘇る。
「おい、おまえら! あのなぁ!」
尊が私の噂をしていた男子達に向かって行こうとする。
その時だ。
ガラリと開いた前の扉から、『雪の女王』が現れた。
不思議な目の色。カラスの濡れ羽色の細くて長い髪、長い手足、長いまつ毛、白い肌はどこか高貴な女王を思わせて、周りにいたクラスメイトは思わず、道をあけてしまう。
彼女はキョロキョロと自分の席を確認するかのように席順の書かれた紙と教室内を交互にみる。
パチンと私と目が合うと、すっと近寄ってきて目の前でニッコリと笑う。
「日下ひよりちゃん。同じクラスで良かった。これからも宜しくね。良かったら後で裏庭で二人きりでお話しましょう」
周りの男子がおおっ! っと歓声をあげる。
「え、ち、ちょっと……! あの」
そういうと彼女は自分の席に戻り、鞄を置くと再び教室の外に消えてしまった。
席順が書かれた紙を見ると鞄の置かれたあの席は『大月澪』で、それが彼女の名前であるらしい。
「うおぉ。ひより! 雪の女王と知り合いなの? 『これからも宜しく』って言ってたぜ? 『裏庭で二人きりでお話しましょう』って」
「知り合いと言えば、知り合いだけれども……。尊が思っているような百合な展開じゃないと思うよ」
──やはり「癒しの手」の事だろうか。
大月澪の登場で小学校時代の『魔女』の話はうやむやになったけれど、新学期早々、ややこしい事に巻き込まれる予感がして私は盛大にため息をついた。
***
「俺っ! すっっっごく残念だけど今日は店の手伝いがあるから帰りのホームルーム終わったらすぐに帰らないといけないんだ。でもっ! 何があったかあとで絶対教えてくれよな!」
キラキラした仔犬のような目を私に向けて、両肩をガッチリつかんでそう言い残すと尊は学校を後にした。
なんかもう面倒くさいなぁ……。
尊がめんどうくさいとかではなく、とんでもなく目立つ女子にとんでもなく目立つ方法で呼び出された過去にいわくのある女子。私。
後でまた変な噂にでもなったら面倒くさい。
大月さんはどこかへ行ったまま戻って来ないし、私も今のうちに帰ってしまおうかな……。
そう思って鞄を手にした瞬間。
「お待たせしたわね、行きましょう」
大月さんの白くて細い指が肩に食い込んだ。
「ひよりちゃん、昨晩一人で出歩いていたでしょう? お友達居ないの?」
「そ、そんなことないよ……。さっきも教室に居た桜井尊くんとか幼なじみで親友だよ」
「彼は男の子じゃない、同族──女の子のお友達のことよ」
そう言って半歩近づいてきて顔が間近に迫ると、大月さんはやはりとても美形だった。
青と緑の混ざった不思議な目の色──。
なんだっけ? こういう一つの目の中に二つ以上の色が存在している瞳のこと、オッドアイじゃなくて……。ダ、ダイクラ……じゃなくて、『ダイクロイックアイ』だ!
ぼんやりと彼女の瞳の美しさに見惚れて思考を巡らせているあいだ、彼女が口をぱくぱく動かしていることに気がついた。
──歌だ。歌をうたっている。
それは、決して大きくは無いけれど遠く澄み渡ってどこまでも聞えて行きそうなもの悲しい、詩だった。
なぜだろう。歌詞が聴き取れない。
歌声に脳がしびれる。
金縛りにあったように身体が動かない──。
大月さんはふと歌をやめ、にっこりと微笑んだ。
「お友達になった証に美味しい飴をあげるわ」
スカートのポケットから紅い飴の入った小瓶を取り出す。
「これで私たち、とっても仲良くなれるわ──」
深紅の飴が唇に触れる。
くっ。と大月さんの指に力が入る、口に押し込まれる──。
「にゃあ! ふぎゃーーーお!」
ハナちゃん! 茂みの中から現れたハナちゃんが大月さんに向かって飛びかかった。
「クッ、何で猫がここに居るのよ!」
大月さんは忌々しそうにハナちゃんをはじき飛ばすと踵を返し、校内へと走り去って行った。
金縛りが解けた私はヘナヘナとその場にへたり込み、飴を吐き出した。
「ありがとう。ハナちゃん。今度は助けられちゃったね」
そうお礼を言うと、ハナちゃんは自慢げに尻尾をピンと立て、喉をゴロゴロ鳴らした。
桜の花びらが雪のようにヒラヒラと舞っていた。
***
「──と言うことがあったの」
「怪しいなぁ。何だよその飴」
「わからない。後で調べに戻ったら無くなってたの」
「それにしてもひよりが保護猫活動しているだなんて知らなかったな。どうりで夜な夜な家から出て行くと思ってたんだ」
「なんだ、見ていたなら声かけてくれればいいのに」
「や。彼氏とかできたのかなぁ、と思ってさ」
「そんなことあったら真っ先に尊に言うよ」
「そっか。そうだな! 俺も手伝おうかな保護猫活動」
「どうして?」
「うちのご先祖、お猫様にご恩があんの」
「へぇ! 知らなかった。一体どんな?」
「桜井家が創業百年以上年続く和菓子屋なのは知っていると思うけれど」
「うんうん」
「その昔、家業が傾いた事があるんだ……そんなある時、道に迷って腹ぺこになっていた殿様をウチの飼い猫が道案内をして我が家に連れてきたんだ。その猫は初代看板猫、菊千代っていうんだけど。で、殿様はうちの和菓子の味をいたく気に入って、献上品として扱ってくれるようになった……殿様御用達の和菓子屋だってんで、傾き賭けた家業は盛り返して、以来お猫様に頭が上がらないってワケ」
「へえぇ! 面白~い! それにやっぱり猫って賢い!」
「で、さっきの話にもどるけど」
「なに?」
「保護猫活動はさておきさ、『猫いじめ』の犯人って大月さんだったりして」
「まさかぁ!」
「俺もまさかと思いたいけれどさ、現にハナちゃんが縛られていた現場に居て、ひよりが怪しい飴を食わされそうになってハナちゃんが助けた時にぶっ飛ばしてるんだろ?」
「それは……そうだけれど」
「まぁ、大月さんが犯人かは調べる事として何か怪しいのは確かじゃん」
「う~ん」
「いいね! その慎重さ! 俺は昔から思い込んだら突っ走ってしまうところがあってさ、その辺りいつもばあちゃんに怒られるんだけれど、素の性格ってなかなか治らないじゃん」
「うん。まぁ、そういうものだよね。私は逆に『石橋を叩いて渡らないタイプ』だけれど」
「だろ? でも、さっきも言った様に桜井家は猫神様にはご恩があるからな。『猫がいじめられている』と聞けばどうにかして早く平穏な暮らしを取り戻してあげたいんだ」
「突っ走っるタイプの人が『早く』何かをしようとするって凡ミスのもとじゃない?」
「さすが、話がはやい」
「ん?」
「要はさ、俺の行動力と頭脳、それにお前の冷静さに癒しの力があればもっと早くこの街の『猫いじめ』と『中学生女子ミイラ化事件』、それに『集団入水事件』も解決するんじゃないかと思ってさ」
「なるほど」
確かに尊はいつも落ち着きがないが、塾に行ってないわりに頭もいいし成績もいい。
「つまり、ええと。組まないか? 俺たち。一緒に猫いじめの犯人捕まえてやろうぜ!」
「私、さっきも言ったし、よく知っているだろうけど石橋を叩いて渡らないタイプなの。でも、猫の事となると話は別!」
「お。それじゃあ……!」
「調べようよ! 猫いじめの犯人! その犯人が人魚だっていうなら人魚の呪いの真相も!」
海沿いの町、「わだつみ」に住んでいるの。
「わだつみ」は海の神様っていう意味があるんだよ。
海がとっても綺麗で人魚の伝説なんかも残っているの。
昔から漁業がさかんで、魚めあてにたくさんの猫が集まってきた、「猫の町」でもあるんだ。
気候も人も穏やかで、とってもいい町だよ。
でもね、最近ちょっと物騒な事がいくつかたてつづけにおこって、お父さんやお母さんをはじめ大人達は心配でピリピリしているみたい。
物騒なことって何かって?
ひとつは私と同じくらいの年頃の少女による集団入水事件――。
先月、わだつみ海岸で10人くらいの女の子たちが手をつなぎながら海に入っていったらしいの。半数は未だ行方不明になっているんだって。可愛そうに──どうやら全員となりの中学の子らしいけれど、詳しいことはわかっていない。
もう一つは中学生女子ミイラ化事件、こちらも主にとなりの中学で起こっているらしいけれど、先日ウチの学校でも女性徒の身体が突然ミイラ化する事件がおこったらしいの。被害にあった子はまだ入院中みたい。
最後は「猫いじめ」。
こちらも一ヶ月くらいまえから起こっているんだけれど、地域の猫を捕まえて、縛って動けなくしたり、もっとひどいこともするんだって──。何だか怖い事がどんどん近づいてくるみたいで、とても怖い。
どの現場も、近くにはいつも魚の鱗のようなものが落ちていて、「人魚の呪いだ」という噂が立っているんだけれど、でも人魚だなんで──本当かな?
***
私はお母さんと一緒に「地域猫保護活動」というボランティアをしている。
朝と晩に地域の家の無い猫たちにごはんと水をあげて、猫達が汚した場所を掃除してまわるの。
野良猫が増えないように、新しい家族を見つけたり、病院に連れて行って去勢手術を受けさせたりなんかもしている。
4月になって花冷えが続いたせいで、お母さんが風邪をひいちゃったから、今晩は私がひとりでまわる事にした。
「猫いじめの犯人がウロついているもしれないからやめないさい」って、お母さんは言ったし、実際とってもこわい。
でも、かわいい猫たちがまっているんだもの。
私はパトロールもかねて、懐中電灯に猫たちのごはん、それに掃除用具を手にいつもの地域を移動しながらまわった。
アチコチまわって最後にやって来たのは駅前の商店街から少し脇道に入った所にある公園、「わだつみ駅前公園」だ。
この公園の裏通り側にちょうど私の中学校がある。
今は新しい遊具を設置中らしく、入り口からみて右側手前は三角コーンに黄色と黒のポールで「立ち入り禁止」のコーナーがあり、やや手狭になっている。
その中はシーツが覆い被さった資材や、土を運ぶ手押し車、それに機材などが散乱していた。
一連の事件が起きてから、工事も休止していてしばらく放置されているから、猫たちが入って怪我をしないか心配になってしまう。
早く事件が解決して、工事も終わるといいな。
この公園の餌置き場、ベンチと茂みの裏にある大きな桜の木の根元には、時間になるといつも5~6匹の猫たちが集まってくる。
今はお花見シーズンだけれども、事件があったせいか公園に人気はない。
夜風に吹かれて桜の花びらが雪のようにチラチラと舞って美しい。
しばらく見蕩れていたら、足元に柔らかいものがすり寄ってきた。
猫たちの「ごはんちょうだい」の合図だ。
「ごめんね。お待たせしました。チビ、シロ、タマ、モモ、クロ、ハナ、ご飯だよ~」
とっても人懐っこくて可愛い私の大切なお友達たち。
みんな私の足元でお行儀良くカリカリを食べはじめる。
あれ? ……おかしいな? いつも真っ先にやってくる食いしん坊のハナちゃんが居ない。
「ハナ? ハナちゃん?」
茂みの中やベンチの下などを懐中電灯を照らして覗いてみたものの、見あたらない。
嫌な予感がして、公園中を探し回る。
「ひえっ!」
なんとゴミ箱の中からロープでグルグル巻きに縛られたハナちゃんをみつけた……!
「ハナちゃん……!! ハナちゃん!! 大丈夫? すぐに助けてあげるからね」
私はハナちゃんをゴミ箱から救い出し、皆の元へと連れ出した。
他の子たちも心配そうに集まってくる。
震える指先で何とかロープを解くと、ハナちゃんはぐったりしていた。ひどい。何時間縛られていたんだろう……? 外見からは怪我はないようだけれど、とても衰弱しているみたいだ。
いつもふわふわの毛がしっとりと寝てしまっている。
「よし!」
私は意を決して、自分の秘密の力をつかうべく横たわったハナちゃんに左手をかざした。
キィィイン──!!
左手から柔らかな白い光が漏れ出す。
次第に大きくなり、満月の光が夜道を照らすように、ハナちゃん全体を淡く光ながら包み込む。
やがてぺっとりと寝ていたハナちゃんの髭や体毛がピクピクと動き出し、パチリと目を開けた──。
「良かった! ハナちゃん!」
ハナちゃんは寝起きのせいか、しばらくボンヤリしていたものの、私の顔を認めるとすぐに起き上がってスリスリと擦り寄ってきた。
いつもの「ごはんちょうだい」の合図だ。
「あははっ。いつもの食いしん坊のハナちゃんだ!」
私は神様が与えてくれたであろう、自分の秘密の力「左手で触れると心や身体の傷を癒やす事の出来る力、『癒しの手』の力」に感謝した──。
ほっとしたのも束の間、ふと気がついた事がある。
ハナちゃんが縛られていた……つまりは、この公園に「猫いじめの犯人が来た」ということだ。
もしかしたらまだ近にいるかもしれないし、様子を見に戻ってくるかもしれないという可能性に思いあたり、ぞっとして身体が強張る──そこへ。
──噫。ああ。
ささやかだけど確かに聞えた。
とても美しい歌声だった。
ビクリと声のする方へ顔を向けると、公園の街灯の下に美しい少女が立っていた。
桜の花びらが雪のようにヒラヒラと舞う中、スポットライトを浴びるよに歌っている。
モデルのようにしなやかな長い手足。
カラスの濡れ羽色の細くて長い髪に、白い肌。
それに切れ長の大きな瞳。
月光に照らされた顔は息を呑むほど整っていた──。
「だ、だれ……? あなたは一体……?」
どうしよう? 「癒しの手」の治療を見られた?
──何者なの? そう訊こうとした矢先。
「あなたにも聞えるの? 私の歌──」
えっ?
──逆に尋ねられてしまった。
「……あなた、お名前は?」
「あ。えと、日下ひより……です」
「じゃあまたね。ひよりちゃん」
「え、ちょ……ちょっと!」
呼びかけも虚しく少女は来た時と同じように風のように去って行った……。
この時は彼女の言う「またね」が本当にすぐにやって来るとは私は思いもしなかった──。
***
「ちちんぷいぷい。いたいのいたいの飛んでいけ〜」
幼い頃。理由は忘れたが派手に転んだ。
ひざをすりむいて泣いている私にかけよって来て、おばあちゃんは呪文を唱えた。
すると傷口がほうっと白く光り、傷も痛さもどこかへ消えた。
「すごい! おばあちゃん。魔法つかいなの?」
「ふふふ。どうだろうねぇ? このことはひよりとおばあちゃんのひみつだよ」
おばあちゃんは口元に人差し指をあてると、しーっ。と言いながらウィンクした。
私はおばあちゃんの力が誇らしくて、羨ましくて、マネをするようになった。
金魚鉢の中で弱々しく浮いている金魚に。
鳥籠のなか、飛べなくなった小鳥に。
幼稚園のうさぎ小屋の肋の浮いたうさぎに。
「ちちんぷいぷい。いたいのいたいの飛んでいけ〜」
するとどうだろう。
金魚は悠々と泳ぎ、小鳥は鳥籠を脱走し、うさぎはニワトリのエサまでも食べるようになり丸々と太った。
「まぁ……! ひより。あなたも使えるのね。この『癒しの手』の力を!」
私の力を知って、おばあちゃんは大層喜んでくれたけれど、一方でとても困った顔をした事をよく覚えている。
「ひより。この力はね、とても大切な力なの。それと同時に秘密にもしないといけない力なんだよ。だからおばあちゃんと約束して。他の人の前では決して力を使わない事を……」
当時の私は理解が出来なかった。
人の役に立つ力なんだから、どんどん使えばいいのに……そう思っていた。
でも、おばあちゃんの迫力に負けてそれから何年も人前で「癒しの手」の力を使う事はなかった。
あの時までは──。
小学校3年生の時、いつも一緒に下校している子たちが居た。
マキちゃん、アオイちゃん、スズカちゃん、それにスズカちゃんの弟のレオくんだ。
帰る方向が同じなのと、みな比較的大人しい子たち同士だったので波長が合ったのだろう。
ケンカする事もなくとても仲良く過ごせて居たと思う。
いつもの帰り道。
住宅街にある道路に差し掛かった時だった。
赤信号だったので私たちは止まったが、向こうから身体の小さな母猫が3匹の子猫を連れ立って道路を渡ってくるのが見えた。
車は急ブレーキを踏んだが間に合わず、母猫をはねてしまった。
そしてそのまま逃走した。
すぐに青信号になったので、重ねてひかれることはなかったが、遠目にも母猫がぐったりしているのがわかった。
私は血相を変えて母猫に走り寄る。仔猫たちも心配そうに母猫を取り巻いて、ニャーニャーと鳴き叫んでいる。
血溜まりの中から母猫を救い上げ、道路をわたりきると、マキちゃん、アオイちゃん、スズカちゃん、レオくんもやって来た。
「死んじゃったの……?」
とマキちゃん。
「死なせないよ」
と私が言う。
「どうしよう。どうすればいいの? 動物病院に連れて行く?」
比較的冷静なアオイちゃんに対してスズカちゃんたちは顔面蒼白となり無言で佇んでいる。
私は消えようとしている命の前に必死だった。
「ちちんぷいぷい。いたいのいたいの飛んでいけ」
「ちちんぷいぷい。いたいのいたいの飛んでいけ」
「ちちんぷいぷい。いたいのいたいの飛んでいけ」
淡く白い光が手のひらから放たれ、母猫を包み込む。
頭がクラクラする。
しまいには呪文を唱えず、ただ必死で手をかざしていたと思う。
やがて……。
「にゃあ」
母猫が息を吹き返し、ムクリと立ち上がる。
仔猫たちが嬉しそうにかわるがわる母猫を舐めた。
「よかった……」
でも……。
疲労と安堵でへたり込んでいる私の頭上から投げかけられた言葉は今でも忘れられない。
「こわい。ひよりちゃんて魔女だったの……?」
「えっ……!?」
「だって、お医者さんでもないのにあんなに血だらけの猫をなおしちゃうだなんて、変だよ!」
スズカちゃんは後ずさりながら、震えていた。
ふと気がつくと、マキちゃんもアオイちゃんも、レオくんだって私から距離をとっている。
お化けでも見るような、恐怖に見開いた目線に耐えられなくなり、私は必死で訴える。
「ま、魔女なんかじゃないよ! ちょっと不思議な力が使えるだけだよ! いいことにしか使ったことないよ!」
「そんなのわからないじゃん。ひよりちゃんも血だらけだし、怖いよ!」
気がつけば母猫を抱き上げた時の血が私の服を染めていた。手だって血だらけだったのに、私は皆に手を伸ばしてしまった。
「待って! 違うの……!!」
「いやぁあああ! 血! 血がついてる! 怖い!!」
スズカちゃんが走り去ったのを機に、皆一目散に駆け出す。
一人残された私はある言葉を思い出していた。
ああ……。
『おばあちゃんと約束して。他の人の前では決して力を使わない事を……』
私はおばあちゃんが言った意味を身をもって理解した。
次の日から、私の学校でのあだ名は「魔女」となり、ひとりぼっちで過ごす事が多くなった。
噂は独り歩きし「猫を殺すことで魔女の力を得ている」なんてとんでもないものもあったが、全て無視した。「嘘をつく人間たちよりも猫が助かったのだから良い」とさえ思った。
お母さんと地域猫保護活動を始めたのもその頃だ。
あの日、血だらけで泣きながら帰った私の原因が野良の親子である事を知り、お母さんは何か出来ないかと考えてくれたのだ。
正直、この活動には救われた。
学校で友達も居場所も無くなった私にとって、お母さんや他の保護活動仲間、それにかわいい猫たちとの交流は私の心を癒してくれた。
活動を続けて行く中で、弱った猫や怪我をした猫に会う事もあるが、私は件の事件以来、呪文を唱えずとも「癒しの手」の力を使えるようになっていたので、母が見ていない隙にそっと治してあげたりもした。
こうして「猫殺し」と真逆の猫保護活動を地道に続けていたせいか、やがて、中学に上がるとその噂の元はうやむやになり、「魔女」というあだ名だけがのこった。
***
新学期。
桜は盛りを過ぎてしまったが、私は雪のように舞う散りかけの桜が好きなので、何だかふわふわと浮かれていた。
今日から中学2年生!
掲示板に貼り出された名簿を見て、自分は2年1組である事を確認していたら──。
「ひより! おんなじクラスだったぜ!」
振り向くと桜井尊が仔犬のような笑顔で近づいてきてくれた。
さらさらの健康的な髪、意思の強そうな黒目がちの目とあわせてどこか日本犬を思わせる、私の幼なじみで親友だ。
「本当に? 嬉しいな。また一年間宜しくね」
私たちは連れ立って教室に向かった。
「そうそう! そういえば、すっごく綺麗な女子が居たよ! 初めて見る顔だし、制服間に合わなかったのか余所の学校の制服着ていたし、今春から転校して来たんじゃないかな? あの子も同じクラスだといいな!」
「尊ったら。本当に綺麗な子好きだねぇ」
「いや、だってめちゃくちゃ綺麗だったんだって! ハーフみたいに不思議な目の色していて、色白くて、手足長くて! モデルみたいなの。なんかもう『雪の女王様さま』ってかんじ!」
「それを言うなら『雪の女王』でしょ。ハンス・クリスチャン・アンデルセンの」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
私たちは顔を見合わせて笑った。
『不思議な目の色』と聞いて私は先日の少女を思い浮かべた……。
でも、そんな。まさかね……。
ざわざわと落ち着かない教室内。
朝のホームルームまではまだ時間がある。
皆お互いにどんな子がクラスメイトなのか確認し合っているようだ。
「……おい、アレ、『西小の魔女』じゃね?」
「あ、本当だ。意外とかわいいんなんだな」
私の事だ。
──チクン。と忘れていた胸の痛みが蘇る。
「おい、おまえら! あのなぁ!」
尊が私の噂をしていた男子達に向かって行こうとする。
その時だ。
ガラリと開いた前の扉から、『雪の女王』が現れた。
不思議な目の色。カラスの濡れ羽色の細くて長い髪、長い手足、長いまつ毛、白い肌はどこか高貴な女王を思わせて、周りにいたクラスメイトは思わず、道をあけてしまう。
彼女はキョロキョロと自分の席を確認するかのように席順の書かれた紙と教室内を交互にみる。
パチンと私と目が合うと、すっと近寄ってきて目の前でニッコリと笑う。
「日下ひよりちゃん。同じクラスで良かった。これからも宜しくね。良かったら後で裏庭で二人きりでお話しましょう」
周りの男子がおおっ! っと歓声をあげる。
「え、ち、ちょっと……! あの」
そういうと彼女は自分の席に戻り、鞄を置くと再び教室の外に消えてしまった。
席順が書かれた紙を見ると鞄の置かれたあの席は『大月澪』で、それが彼女の名前であるらしい。
「うおぉ。ひより! 雪の女王と知り合いなの? 『これからも宜しく』って言ってたぜ? 『裏庭で二人きりでお話しましょう』って」
「知り合いと言えば、知り合いだけれども……。尊が思っているような百合な展開じゃないと思うよ」
──やはり「癒しの手」の事だろうか。
大月澪の登場で小学校時代の『魔女』の話はうやむやになったけれど、新学期早々、ややこしい事に巻き込まれる予感がして私は盛大にため息をついた。
***
「俺っ! すっっっごく残念だけど今日は店の手伝いがあるから帰りのホームルーム終わったらすぐに帰らないといけないんだ。でもっ! 何があったかあとで絶対教えてくれよな!」
キラキラした仔犬のような目を私に向けて、両肩をガッチリつかんでそう言い残すと尊は学校を後にした。
なんかもう面倒くさいなぁ……。
尊がめんどうくさいとかではなく、とんでもなく目立つ女子にとんでもなく目立つ方法で呼び出された過去にいわくのある女子。私。
後でまた変な噂にでもなったら面倒くさい。
大月さんはどこかへ行ったまま戻って来ないし、私も今のうちに帰ってしまおうかな……。
そう思って鞄を手にした瞬間。
「お待たせしたわね、行きましょう」
大月さんの白くて細い指が肩に食い込んだ。
「ひよりちゃん、昨晩一人で出歩いていたでしょう? お友達居ないの?」
「そ、そんなことないよ……。さっきも教室に居た桜井尊くんとか幼なじみで親友だよ」
「彼は男の子じゃない、同族──女の子のお友達のことよ」
そう言って半歩近づいてきて顔が間近に迫ると、大月さんはやはりとても美形だった。
青と緑の混ざった不思議な目の色──。
なんだっけ? こういう一つの目の中に二つ以上の色が存在している瞳のこと、オッドアイじゃなくて……。ダ、ダイクラ……じゃなくて、『ダイクロイックアイ』だ!
ぼんやりと彼女の瞳の美しさに見惚れて思考を巡らせているあいだ、彼女が口をぱくぱく動かしていることに気がついた。
──歌だ。歌をうたっている。
それは、決して大きくは無いけれど遠く澄み渡ってどこまでも聞えて行きそうなもの悲しい、詩だった。
なぜだろう。歌詞が聴き取れない。
歌声に脳がしびれる。
金縛りにあったように身体が動かない──。
大月さんはふと歌をやめ、にっこりと微笑んだ。
「お友達になった証に美味しい飴をあげるわ」
スカートのポケットから紅い飴の入った小瓶を取り出す。
「これで私たち、とっても仲良くなれるわ──」
深紅の飴が唇に触れる。
くっ。と大月さんの指に力が入る、口に押し込まれる──。
「にゃあ! ふぎゃーーーお!」
ハナちゃん! 茂みの中から現れたハナちゃんが大月さんに向かって飛びかかった。
「クッ、何で猫がここに居るのよ!」
大月さんは忌々しそうにハナちゃんをはじき飛ばすと踵を返し、校内へと走り去って行った。
金縛りが解けた私はヘナヘナとその場にへたり込み、飴を吐き出した。
「ありがとう。ハナちゃん。今度は助けられちゃったね」
そうお礼を言うと、ハナちゃんは自慢げに尻尾をピンと立て、喉をゴロゴロ鳴らした。
桜の花びらが雪のようにヒラヒラと舞っていた。
***
「──と言うことがあったの」
「怪しいなぁ。何だよその飴」
「わからない。後で調べに戻ったら無くなってたの」
「それにしてもひよりが保護猫活動しているだなんて知らなかったな。どうりで夜な夜な家から出て行くと思ってたんだ」
「なんだ、見ていたなら声かけてくれればいいのに」
「や。彼氏とかできたのかなぁ、と思ってさ」
「そんなことあったら真っ先に尊に言うよ」
「そっか。そうだな! 俺も手伝おうかな保護猫活動」
「どうして?」
「うちのご先祖、お猫様にご恩があんの」
「へぇ! 知らなかった。一体どんな?」
「桜井家が創業百年以上年続く和菓子屋なのは知っていると思うけれど」
「うんうん」
「その昔、家業が傾いた事があるんだ……そんなある時、道に迷って腹ぺこになっていた殿様をウチの飼い猫が道案内をして我が家に連れてきたんだ。その猫は初代看板猫、菊千代っていうんだけど。で、殿様はうちの和菓子の味をいたく気に入って、献上品として扱ってくれるようになった……殿様御用達の和菓子屋だってんで、傾き賭けた家業は盛り返して、以来お猫様に頭が上がらないってワケ」
「へえぇ! 面白~い! それにやっぱり猫って賢い!」
「で、さっきの話にもどるけど」
「なに?」
「保護猫活動はさておきさ、『猫いじめ』の犯人って大月さんだったりして」
「まさかぁ!」
「俺もまさかと思いたいけれどさ、現にハナちゃんが縛られていた現場に居て、ひよりが怪しい飴を食わされそうになってハナちゃんが助けた時にぶっ飛ばしてるんだろ?」
「それは……そうだけれど」
「まぁ、大月さんが犯人かは調べる事として何か怪しいのは確かじゃん」
「う~ん」
「いいね! その慎重さ! 俺は昔から思い込んだら突っ走ってしまうところがあってさ、その辺りいつもばあちゃんに怒られるんだけれど、素の性格ってなかなか治らないじゃん」
「うん。まぁ、そういうものだよね。私は逆に『石橋を叩いて渡らないタイプ』だけれど」
「だろ? でも、さっきも言った様に桜井家は猫神様にはご恩があるからな。『猫がいじめられている』と聞けばどうにかして早く平穏な暮らしを取り戻してあげたいんだ」
「突っ走っるタイプの人が『早く』何かをしようとするって凡ミスのもとじゃない?」
「さすが、話がはやい」
「ん?」
「要はさ、俺の行動力と頭脳、それにお前の冷静さに癒しの力があればもっと早くこの街の『猫いじめ』と『中学生女子ミイラ化事件』、それに『集団入水事件』も解決するんじゃないかと思ってさ」
「なるほど」
確かに尊はいつも落ち着きがないが、塾に行ってないわりに頭もいいし成績もいい。
「つまり、ええと。組まないか? 俺たち。一緒に猫いじめの犯人捕まえてやろうぜ!」
「私、さっきも言ったし、よく知っているだろうけど石橋を叩いて渡らないタイプなの。でも、猫の事となると話は別!」
「お。それじゃあ……!」
「調べようよ! 猫いじめの犯人! その犯人が人魚だっていうなら人魚の呪いの真相も!」

