紬ちゃんは、
もう一度だけ直の方を見てから言う。
「いいですね」
「え?」
「空気。
あそこ、すごく落ち着いてる」
仕事の話みたいに、
さらっと。
でも、
確かにそうだった。
ひかりは、
もう一度カウンターを見る。
直は、
誰かに見られていることを気にする様子もなく、
淡々と手を動かしていた。
変わらない背中。
それなのに、
自分の立ち位置だけが、
少し変わっている。
「ひかりさん」
直が、短く呼ぶ。
準備が一段落した合図。
ひかりは頷いて、
紬ちゃんに視線を戻す。
「じゃあ、
またあとで」
「はい。
本番、楽しみにしてます」
そう言って、
紬ちゃんは展示の方へ戻っていった。
ひかりは、
カウンターへ向かう。
近づくと、
直が小さく声を落とした。
「何か、ありました?」
「ううん」
ひかりは首を振る。
「ただ、
雰囲気が違うって言われただけ」
直は、
一瞬だけ手を止めてから、
いつもの調子で言った。
「悪い意味じゃなさそうですね」
「うん」
それだけで、
十分だった。
仕事は、仕事として進んでいく。
でも、
同じ空間で、
同じ方向を向いて立っていることが、
今日は少しだけ、
特別に感じられた。
