祝福のあとで



 昨日、何度もしたキス。

 でもこれは、
 昨日とは、違う。

 直は、
 ひかりの反応を確かめるみたいに、
 ほんの一瞬、間を置いてから、顔を近づける。

 逃げない。

 ひかりは、そう決めていた。

 唇が触れて、
 すぐに離れる。

 短いのに、
 なぜか、深く残る。

 ——これは、忘れない。

 ひかりは、そう思った。

 昨日の夜のことより、
 この朝の感触の方が、
 ずっと、はっきりしている。

 直が、低い声で言う。

「……今日は、どうします?」

 問いかけは、
 未来に向いていた。

 ひかりは、マグを両手で包みながら、
 小さく息を吐く。

「……まずは」

 

「もう一杯、コーヒー飲みたいです」

 直は、少しだけ驚いた顔をして、
 それから、穏やかに頷いた。

「はい」

 それだけ。

 でも、
 その返事で、十分だった。

直は、キッチンの方へ向かいながら言った。

「……じゃあ、もう一杯淹れますね」

 背中越しの声。

 ひかりは、
 その音を聞きながら、
 ソファに深く身を沈めた。

 キスの余韻が、
 まだ、唇に残っている。

 それなのに、
 空気は驚くほど静かで、
 朝は、ちゃんと朝だった。

 ——この人といる時間は、
 こうやって続いていくのかもしれない。

 その考えは、
 はっきりした形になる前に、
 コーヒーの香りに溶けていった。