直は、
ひかりの言葉を受けて、
一拍だけ置いた。
それから、
グラスを手に取る前に、静かに言う。
「……珍しいですね」
責めるでもなく、
理由を探るでもない声。
ただ、
いつもと違うことに気づいた、というだけ。
ひかりは、
少しだけ視線を落とした。
「そう、ですよね」
自分でも、
そう思っていた。
直は、
それ以上は聞かず、
いつもの動きで氷を用意する。
カウンターに響く、
規則正しい音。
「今日は、
ゆっくりで、大丈夫ですよ」
それは、
“急がなくていい”とも、
“無理しなくていい”とも違う。
ただ、
ここにいていい、という言い方だった。
ひかりは、
その背中を見つめながら、
小さく息を吐いた。
「……ありがとうございます」
直は振り返らずに、
短く答える。
「どういたしまして」
グラスが差し出される。
透明度の高い液体。
香りは、強すぎない。
ひかりは、
一口だけ口に含んでから、
静かに瞬きをした。
「……思ったより、飲みやすいです」
「今日は、
強さより、
深さの方がいい気がしました」
説明しすぎない。
言い切りもしない。
でも、
ちゃんと“見ていた”ことだけは、
伝わってくる。
ひかりは、
グラスを持ったまま、
しばらく黙った。
言葉にしたら、
崩れてしまいそうな気がして。
でも、
黙ったままでも、
逃げないでいられる場所だった。
だから、
ぽつりとこぼす。
「……今日は、
一人で、
ちゃんと立ってるつもりだったんです」
直は、
グラスを拭く手を止めない。
「でも」
ひかりは、
グラスの中を見つめたまま続ける。
「ここに来た時点で、
もう、違いました」
直は、
そこで初めて、
ひかりの方を見る。
