連れて行かれたのは、
以前も来た、直の知り合いのバーだった。
あのときと同じ匂い。
同じ照明。
でも、
前よりも肩の力が抜けている。
直は、簡単に挨拶を済ませると、
自然な動きでカウンターに並んだ。
ひかりは、
その背中を見る。
仕事の顔でも、
客としての顔でもない。
ただ、
ここに馴染んでいる人の背中。
「何にしますか」
「お任せで」
返事が、迷わず出た。
グラスが置かれる。
一口飲んで、息をつく。
「……落ち着きます」
「よかった」
それだけのやり取り。
それ以上、
何かを言う必要はなかった。
長居はしなかった。
会計を済ませ、
外に出る。
夜の空気は、少し冷たくて、
頭が静かになる。
帰り道、
ひかりは歩きながら思った。
楽しかった、というより、
自然だった。
無理をしていない。
頑張ってもいない。
ただ、
一緒に時間を過ごしただけ。
それなのに、
その夜が、
妙に記憶に残っている。
次に会う約束は、
していない。
でも、
また会う前提で、
時間を数えている自分がいた。
ひかりは、
そのことに気づいて、
小さく息を吐いた。
——ああ。
これは、
ただの“食事”じゃなかった。
そう思った瞬間、
胸の奥が、静かに揺れた。
その数日後。
気づけば、
仕事の帰り道で、
無意識にスマートフォンを手に取っていることが増えた。
連絡をするわけでもない。
ただ、
画面を見てから、
そっとポケットに戻すだけ。
それが、
少しだけ、不思議だった。
