朝のチャペル・ド・ルミエールは、いつもより音が多い。
ヒールの足音。
インカム越しの声。
リハーサル用に流れる、少し音量を落とした音楽。
ひかりは、進行表を片手に歩いていた。
「新郎新婦、控室入りました」
「了解です。十五分後に最終確認入ります」
声は、自然に出る。
感情を挟む余地はない。
今日は、祝福の日だ。
チャペル前を通り過ぎ、
披露宴会場の方へ向かう。
バーカウンターは、すでに照明が整えられていた。
グラスが並び、氷の準備も終わっている。
「——神崎さん」
後ろから声をかけられて、振り返る。
そこにいたのは、あきだった。
スーツ姿。
いつもの、仕事の顔。
「バーの外部スタッフ、もう入ってます?」
「はい。準備に入っています」
短い確認。
あきは、カウンターの方に目を向ける。
「知り合いですか?」
軽い確認。
他意のない声。
ひかりは、ほんの一拍だけ置いてから答えた。
「……私がお願いしました」
それ以上は、言わない。
「そうですか」
あきは、それで納得したように頷く。
「では、進行通りでいきましょう」
「お願いします」
彼はそのまま、別のスタッフの方へ向かっていった。
ひかりは一度だけ、深く息を吸う。
時計を見る。
予定時刻まで、あと十分。
そのとき。
会場の奥、
バーカウンターの向こうに、人影が見えた。
黒いシャツ。
無駄のない動き。
グラスを手に取る、その仕草だけでわかる。
——来た。
視線が、合う。
ほんの一瞬。
彼は、軽く頷いた。
それだけ。
ひかりも、小さく頷き返す。
言葉は、いらなかった。
今日は、
それぞれが立つべき場所が、はっきりしている。
祝福は、もうすぐ始まる。
