グラスを受け取ったあとも、
あきはすぐにはその場を離れなかった。
カウンターに肘をつくほど近づくわけでもない。
でも、戻る気もない距離。
「ここ、いいお店ですね」
世間話みたいな声。
「二次会で使うの、初めてだったんですけど」
「ありがとうございます」
直は短く返しながら、
次のオーダーに目を向ける。
それでも、
あきは言葉を続けた。
「ひかり、変わらないですよね」
その名前が出た瞬間、
直の指先が、ほんのわずかに止まる。
「学生の頃から」
あきは、懐かしむように笑った。
「仕事してる顔も、
ああやって笑ってるところも」
——知っている、という言い方。
直は、視線を上げる。
「……そうですか」
それ以上でも、それ以下でもない返事。
あきは、
その反応を確かめるみたいに、少し間を置いてから続けた。
「婚約したって、聞きました」
直の中で、
何かが静かに張る。
「さっき、向こうで」
そう言って、
あきはテーブル席の方へ、ちらりと視線を送った。
「おめでとうございます」
口調は丁寧だった。
でも、
目は笑っていない。
直は、
グラスを置いてから、ゆっくり顔を上げる。
「ありがとうございます」
あきは、
その返事を聞いて、少しだけ首を傾げた。
「……やっぱり」
「もしかして、って思ったんです」
直は、何も言わない。
肯定もしない。
否定もしない。
あきは、
その沈黙を、答えとして受け取ったみたいに続けた。
「ひかりのこと、
よく知ってる人の顔だなって」
少しだけ、声を落とす。
「仕事の顔じゃなくて」
直は、
ここでようやく、はっきり相手を見る。
「何が言いたいんですか」
声は低い。
でも、感情は乗せない。
あきは、
その視線を真正面から受け止めて、
ほんの少しだけ笑った。
「いえ」
「ただ」
「幸せそうで、よかったなって」
それは祝福にも聞こえたし、
探りにも聞こえた。
直は、
一瞬だけ考えてから答える。
「ええ」
「幸せです」
言い切りだった。
あきは、
その言葉を聞いて、
なぜか一瞬だけ目を伏せる。
あきはすぐにはその場を離れなかった。
カウンターに肘をつくほど近づくわけでもない。
でも、戻る気もない距離。
「ここ、いいお店ですね」
世間話みたいな声。
「二次会で使うの、初めてだったんですけど」
「ありがとうございます」
直は短く返しながら、
次のオーダーに目を向ける。
それでも、
あきは言葉を続けた。
「ひかり、変わらないですよね」
その名前が出た瞬間、
直の指先が、ほんのわずかに止まる。
「学生の頃から」
あきは、懐かしむように笑った。
「仕事してる顔も、
ああやって笑ってるところも」
——知っている、という言い方。
直は、視線を上げる。
「……そうですか」
それ以上でも、それ以下でもない返事。
あきは、
その反応を確かめるみたいに、少し間を置いてから続けた。
「婚約したって、聞きました」
直の中で、
何かが静かに張る。
「さっき、向こうで」
そう言って、
あきはテーブル席の方へ、ちらりと視線を送った。
「おめでとうございます」
口調は丁寧だった。
でも、
目は笑っていない。
直は、
グラスを置いてから、ゆっくり顔を上げる。
「ありがとうございます」
あきは、
その返事を聞いて、少しだけ首を傾げた。
「……やっぱり」
「もしかして、って思ったんです」
直は、何も言わない。
肯定もしない。
否定もしない。
あきは、
その沈黙を、答えとして受け取ったみたいに続けた。
「ひかりのこと、
よく知ってる人の顔だなって」
少しだけ、声を落とす。
「仕事の顔じゃなくて」
直は、
ここでようやく、はっきり相手を見る。
「何が言いたいんですか」
声は低い。
でも、感情は乗せない。
あきは、
その視線を真正面から受け止めて、
ほんの少しだけ笑った。
「いえ」
「ただ」
「幸せそうで、よかったなって」
それは祝福にも聞こえたし、
探りにも聞こえた。
直は、
一瞬だけ考えてから答える。
「ええ」
「幸せです」
言い切りだった。
あきは、
その言葉を聞いて、
なぜか一瞬だけ目を伏せる。

