祝福のあとで


 声が聞こえた瞬間、
 胸の奥が、
 きゅっと鳴る。

「……久しぶり」

 同じ言葉なのに、
 どこか違う。

 少しの沈黙。

 直が先に言った。

「そっちは、昼?」

「うん。
 仕事、ちょっと早く終わって」

「そうか」

 頷く。

 向こうは夜。
 こちらは昼。

 画面の中で、
 二人の背景の明るさが、
 はっきり違っていた。

「元気そうだな」

「直さんも」

 そう返したあと、
 ひかりは、
 続く言葉を探してしまう。

 前なら、
 何も考えずに話せたのに。

 直も、
 一瞬だけ視線を逸らした。

「……時差、やっぱ慣れないな」

 ぽつり。

 ひかりは、
 少しだけ笑った。

「うん。
 噛み合ってるようで、
 噛み合ってない感じ」

「今、そっちは何してた?」

「コーヒー飲んでた」

「俺は、
 これから閉店」

 言葉が、
 すれ違う。

 生活が、
 並んでいないことを、
 否応なく突きつけられる。

 ひかりは、
 画面越しに直を見る。

 ちゃんと、
 そこにいる。

 ちゃんと、
 待ってくれている。

 それなのに。

「……ね」

 ひかりが言う。

「なに?」

「こうやって話してるとさ」


「ちゃんと恋人なんだなって、
 逆に思う」

 直が、
 少しだけ目を細める。

「どういう意味?」

「会えないから」

 ひかりは、
 正直に言った。

「会えないのに、
 切れないから」

 直は、
 すぐには返事をしなかった。

 少し考えてから、
 低く言う。

「……俺は」

 一度、言葉を切る。

「会えないと、
 ちゃんと好きなんだって分かる」

 まっすぐだった。

 ひかりの喉が、
 小さく鳴る。

「ずるいですね」

「なにが」

「そういうこと言うの」

 直は、
 少しだけ困ったみたいに笑った。

「今じゃないと、
 言えないから」

 その言葉で、
 胸の奥にあった違和感が、
 少しだけほどけた。

 完璧じゃない。

 噛み合ってもいない。

 でも。

「じゃあ」

 直が言う。

「俺は今から店閉めて、
 ひかりはこれから一日だな」

「うん」

「頑張れ」

「直さんも」

 通話が終わる前、
 直がもう一度だけ言った。

「……無理するなよ」

 ひかりは、
 小さく笑って答える。

「そっちこそ」

 画面が暗くなる。

 カフェの中のざわめきが、
 一気に戻ってきた。

 ひかりは、
 スマートフォンを伏せて、
 深く息を吐く。

 ズレてる。

 でも、
 切れてない。

 この距離は、
 まだ、
 二人を離してはいなかった。