祝福のあとで

ソファに並んで座る。

テレビはついているけれど、
直は、画面の内容を一つも追っていなかった。

ひかりの気配が、
すぐ隣にある。

近い。
でも、触れていない。

触れない距離を、
自分で選んでいる。

——触れたい。

その気持ちを、
否定はしない。

でも、
今、触れたら。

ひかりは、
どこまで来てしまうだろう。

逃げられない場所で、
逃げ場のない距離で。

それが、
直には怖かった。

ひかりの呼吸が、
少し早い。

緊張しているのか、
期待しているのか。

どちらでも、
それを“曖昧なまま”進めるのは違う。

直は、
一度だけ息を吸ってから、
口を開いた。

「……今日は、
 ここまでにしますか」

問いかけ。

選択肢。

逃げ道。

それを差し出したつもりだった。

本当は、
引き止めてほしかった。

「帰りたくない」
その一言を。

でも、
それを言わせるために聞くのは、
ずるい。

だから、
声のトーンは低く。

圧をかけないように。

ひかりの顔を、
じっと見る。

——頼むから。

——自分で、選んでほしい。

沈黙。

数秒。

直の中では、
それがやけに長く感じられた。

もし、
ひかりが「帰ります」と言ったら。

笑って、
送り出す準備はできている。

できている、はずだった。

そのとき。

「……帰りたく、ないです」

小さな声。

でも、
揺れていない。

直の胸の奥が、
一瞬で熱を持つ。

——ああ。

——選んだ。

直は、
すぐに触れなかった。

その衝動を、
一度飲み込む。

それから、
そっと手を伸ばす。

指先だけで、
ひかりの手に触れる。

逃げない。

その事実を、
確かめてから。

——よかった。

——間違ってなかった。

直は、
初めてこの夜を、
“進めていい”と思えた。