朝の空気が、
少しだけ乾いていた。
窓を開けると、
夜の熱が抜けきった風が入ってくる。
夏は、もう終わった。
はっきりとした境目はないのに、
身体の方が先に分かっている。
ひかりは、
ベッドの端に腰を下ろしたまま、
しばらく動かなかった。
枕元に置いたスマートフォンには、
触れなくても、
何が入っているか分かっている。
——海外転勤の件。
昨夜も、
画面を開いては閉じて、
結局、送らなかった。
返事は、
今日でいいと言われている。
期限としては、
十分すぎるほど。
それなのに、
決断だけが、
まだ、言葉にならない。
ひかりは、
小さく息を吐いて立ち上がる。
シャワーを浴びて、
髪を乾かして、
支度を整える。
今日は、
由里と律の結婚式。
夏の終わりに選ばれた日で、
これからを始める二人のための朝。
その場に立つことは、
仕事でもあり、
それ以上でもある。
鏡に映る自分を見て、
ひかりは一瞬だけ、
視線を逸らした。
二ヶ月前と、
顔は変わっていない。
でも、
立っている季節が違う。
——あの日。
直のバーを出た夜。
自分で選んだはずなのに、
心だけが、
少し遅れてついてきている。
それでも、
後悔はしていない。
少なくとも、
そう思ってきた。
スマートフォンが震える。
通知ではない。
ただ、時間が進んだだけ。
ひかりは、
画面を開き、
未送信のメールを一度だけ確認した。
件名は短い。
「海外赴任の件について」
本文も、
もう整っている。
送信ボタンだけが、
夏の名残みたいに、
まだ、熱を持って見えた。
この式が終わったら。
それまでは、
まだ、ここにいていい。
そう思って、
ひかりは画面を閉じた。
バッグを持ち、
玄関を出る。
ドアを閉めた瞬間、
胸の奥が、
すっと静かになる。
今日は、
誰かの人生が、
はっきり前に進む日。
だからこそ、
自分の答えは、
もう少しだけ、
あとでいい。
ひかりは、
夏の終わりの空気の中へ、
ゆっくりと歩き出した。
少しだけ乾いていた。
窓を開けると、
夜の熱が抜けきった風が入ってくる。
夏は、もう終わった。
はっきりとした境目はないのに、
身体の方が先に分かっている。
ひかりは、
ベッドの端に腰を下ろしたまま、
しばらく動かなかった。
枕元に置いたスマートフォンには、
触れなくても、
何が入っているか分かっている。
——海外転勤の件。
昨夜も、
画面を開いては閉じて、
結局、送らなかった。
返事は、
今日でいいと言われている。
期限としては、
十分すぎるほど。
それなのに、
決断だけが、
まだ、言葉にならない。
ひかりは、
小さく息を吐いて立ち上がる。
シャワーを浴びて、
髪を乾かして、
支度を整える。
今日は、
由里と律の結婚式。
夏の終わりに選ばれた日で、
これからを始める二人のための朝。
その場に立つことは、
仕事でもあり、
それ以上でもある。
鏡に映る自分を見て、
ひかりは一瞬だけ、
視線を逸らした。
二ヶ月前と、
顔は変わっていない。
でも、
立っている季節が違う。
——あの日。
直のバーを出た夜。
自分で選んだはずなのに、
心だけが、
少し遅れてついてきている。
それでも、
後悔はしていない。
少なくとも、
そう思ってきた。
スマートフォンが震える。
通知ではない。
ただ、時間が進んだだけ。
ひかりは、
画面を開き、
未送信のメールを一度だけ確認した。
件名は短い。
「海外赴任の件について」
本文も、
もう整っている。
送信ボタンだけが、
夏の名残みたいに、
まだ、熱を持って見えた。
この式が終わったら。
それまでは、
まだ、ここにいていい。
そう思って、
ひかりは画面を閉じた。
バッグを持ち、
玄関を出る。
ドアを閉めた瞬間、
胸の奥が、
すっと静かになる。
今日は、
誰かの人生が、
はっきり前に進む日。
だからこそ、
自分の答えは、
もう少しだけ、
あとでいい。
ひかりは、
夏の終わりの空気の中へ、
ゆっくりと歩き出した。
