由里の声は、
何気ない確認だった。
一瞬。
直の指先が、
封筒の端を押さえたまま止まる。
海外。
話が出ている。
——決まった、とは言っていない。
それでも。
直は、
ゆっくり息を整えてから言った。
「……そうですか」
肯定も、
否定も、
選ばなかった返事。
由里が、
わずかに首を傾ける。
「……あれ?」
小さな間。
「直くん、
もう聞いてると思ってた」
その言い方は、
“決まっている前提”だった。
律も、
そこでようやく違和感に気づいたように、
直を見る。
「……まだ、だったのか」
直は、
視線を落としたまま答える。
「いえ」
それ以上、
踏み込ませない声。
事実を正すことも、
説明することも、
しなかった。
直は、
カウンターに封筒を置いて言った。
「今日は、
もう閉めてもいいですか」
それは、
提案というより、
区切りだった。
律が、
すぐに頷く。
「ああ、悪かったな」
由里も、
ようやく空気を察して、
慌てて言う。
「ごめんね。
急に来ちゃって」
「大丈夫です」
直は、
いつも通りの調子で返した。
二人が扉を出ていく。
閉まる音が、
静かに響いた。
*
店内に、
一人になる。
直は、
カウンターに残った封筒を見る。
白いままのそれは、
まだ、
何も決めていない紙のはずだった。
それなのに。
“決まったこと”として、
話が進んでいた。
——ひかりの中では、
もう、
答えが出ていたのかもしれない。
直は、
目を閉じる。
あの日の別れを思い出す。
理由を言わなかったこと。
選択肢を残さなかったこと。
決定じゃなかったとしても。
ひかりは、
離れる準備を、
静かに進めていた。
直は、
封筒をしまった。
祝福する立場と、
何も知らされない立場は、
違う。
——ちゃんと、
好きだった。
それだけが、
今も、
確かなままだった。
