その沈黙が、
ひかりには苦しかった。
「ひかり」
名前を呼ばれる。
いつもより、
少しだけ低い声。
「それは、
別れるってこと?」
ひかりは、
一瞬だけ目を閉じてから、
小さく頷いた。
「……うん」
その一言で、
空気が変わった。
直は、
ゆっくり息を吐く。
「何か、あった?」
「俺が、
気づいてないこと?」
真っ直ぐな問い。
ひかりは、
首を振った。
「違う」
「直は、
何も悪くない」
それは、
本当だった。
「ただ」
「私が、
このままじゃいられなかっただけ」
直は、
ひかりを見つめたまま、
動かない。
「……待てない?」
その一言に、
引き止める気持ちが滲んでいた。
ひかりの胸が、
きゅっと縮む。
「ごめん」
それだけしか、
言えなかった。
直は、
それ以上何も言わなかった。
引き止めもしない。
でも、
納得もしていない。
ひかりは、
その沈黙に耐えきれなくなって、
立ち上がる。
「今日は、
これで帰るね」
鞄を持つ手が、
少しだけ重かった。
直は、
最後まで、
その場から動かなかった。
「ひかり」
呼ばれて、
ひかりは立ち止まる。
振り返らなかった。
「俺は」
一拍。
「ちゃんと、
好きだった」
その言葉は、
静かで、
逃げ場がなかった。
ひかりの喉が、
一瞬詰まる。
でも、
振り返らない。
「……ありがとう」
それだけ言って、
ひかりは扉に向かった。
Bar Afterの扉を押す。
夜の空気が、
一気に流れ込む。
外に出た瞬間、
足元が、少しだけ揺れた。
でも、
戻らなかった。
扉は、
閉まる。
音は、
静かだった。
それでも、
確かに、
何かが終わった音だった。
