「せっかく二人で来れたんだから、
少し飲んでいこうよ」
由里の声は、
ただ嬉しそうなだけだった。
直が何か言う前に、
ひかりはグラスを置く。
「私は、今日はこれで」
自然な声。
用意していたみたいに。
「お邪魔しちゃいそうだし」
冗談めかして笑う。
直が、
一瞬だけこちらを見る。
引き止める言葉は、ない。
それでいい、と
分かっている顔だった。
「じゃあ、また」
ひかりはそう言って、
席を立つ。
三人分の空気が、
きれいに残るように。
ひかりは、
振り返らずに店を出た。
夜の空気は、
さっきより少しだけ冷たい。
歩き出してから、
胸の奥に、
小さな引っかかりがあることに気づいた。
嫉妬、と呼ぶほど強くはない。
不安、と言うほど重くもない。
ただ、
想像していなかった景色を見たあとの、
軽い違和感。
——知らなかった時間が、あった。
それだけのことなのに、
心は、すぐには追いつかなかった。
それでも、
立ち止まる理由はない。
ひかりは、
コートの前をきゅっと合わせて、
そのまま歩き続けた。
今夜は、
一人で帰ると決めたから。
その選択を、
後悔にはしなかった。
ただ、
少しだけ、
胸の奥が静かに曇っている。
それだけだった。
少し飲んでいこうよ」
由里の声は、
ただ嬉しそうなだけだった。
直が何か言う前に、
ひかりはグラスを置く。
「私は、今日はこれで」
自然な声。
用意していたみたいに。
「お邪魔しちゃいそうだし」
冗談めかして笑う。
直が、
一瞬だけこちらを見る。
引き止める言葉は、ない。
それでいい、と
分かっている顔だった。
「じゃあ、また」
ひかりはそう言って、
席を立つ。
三人分の空気が、
きれいに残るように。
ひかりは、
振り返らずに店を出た。
夜の空気は、
さっきより少しだけ冷たい。
歩き出してから、
胸の奥に、
小さな引っかかりがあることに気づいた。
嫉妬、と呼ぶほど強くはない。
不安、と言うほど重くもない。
ただ、
想像していなかった景色を見たあとの、
軽い違和感。
——知らなかった時間が、あった。
それだけのことなのに、
心は、すぐには追いつかなかった。
それでも、
立ち止まる理由はない。
ひかりは、
コートの前をきゅっと合わせて、
そのまま歩き続けた。
今夜は、
一人で帰ると決めたから。
その選択を、
後悔にはしなかった。
ただ、
少しだけ、
胸の奥が静かに曇っている。
それだけだった。
