皿が並ぶ。
湯気が立って、
部屋に、少し遅めの夜ごはんの匂いが広がった。
「……いただきます」
言うか迷ってから、
ひかりがそう言う。
直は一瞬だけ目を瞬かせて、
それから静かに言った。
「いただきます」
向かい合って座る。
いつもより、
少し距離の近いテーブル。
一口食べて、
直は何も言わずに噛みしめる。
ひかりは、
その沈黙が少しだけ怖くて、
でも、待った。
「……美味しい」
短い言葉。
飾りのない声。
ひかりは、
思わず息を吐いた。
「よかった」
それだけで、
胸の奥に溜まっていた緊張が、
すっとほどける。
「こういうの」
直は、
箸を置いて言う。
「いいね」
説明はしない。
評価もしない。
ただ、
“今”を受け取る言い方。
食事は、
静かに進んだ。
仕事の話を少し。
最近の忙しさ。
何気ない日常のこと。
特別なことは話していないのに、
時間だけが、
やけにやわらかく流れていく。
食べ終わって、
皿を重ねる。
「洗うよ」
直が立ち上がる。
「いい」
ひかりが止める。
「今日は、私」
直は、
少しだけ迷ってから、
頷いた。
キッチンに立つひかりの背中を、
直は何も言わずに見ている。
その視線が、
さっきまでとは少し違う。
急がない。
確かめるみたいな距離。
洗い終えて、
水を切る音が止まる。
振り返ると、
直がすぐそこにいた。
近い。
でも、
触れない。
ひかりは、
その距離を、
逃げずに受け止める。
「……疲れてる?」
直が、低く聞く。
「ううん」
即答。
「今日は、ちゃんとここにいる」
直は、
小さく息を吐いた。
それから、
ゆっくり手を伸ばす。
触れる前に、
一瞬だけ、間。
ひかりは、
その間に、頷いた。
それで十分だった。
灯りが、
少し落ちる。
会話は、
そこで終わった。
でも、
終わりじゃないことだけは、
お互いに分かっていた。
この夜は、
約束していた夜だ。
静かに、
確かに。
二人は、
同じ方向へ進んでいった。
