火をつける。
フライパンが温まる。
生活の音が、
ゆっくり部屋に広がっていく。
包丁の音。
湯気。
調味料の匂い。
直は、
手伝おうとはしない。
でも、
距離を置きすぎることもない。
「焦がさなくていいから」
キッチンの端から、
低い声が飛ぶ。
「分かってる」
そう返すと、
直が小さく笑った気配がした。
——あ。
ひかりは思う。
これは、
見せる料理じゃない。
上手くやるためのものでもない。
一緒に夜を過ごす前の、
ただのご飯だ。
だから、
失敗してもいい。
そう思えた瞬間、
緊張が、少しだけ形を変えた。
「できた」
皿を置く音。
直が立ち上がって、
テーブルに近づく。
覗き込んで、
ほんの少し間を置いてから言う。
「……楽しみにしてた」
それだけ。
でも、
その一言で、
ひかりの胸の奥にあった不安が、
静かにほどけていった。
