佐橋とタモツ



「ボクー、そんなよく分かんないテンポの速い曲じゃダメよ、ダメダメ〜」

派手なワンピースを着た常連らしきオバさんが、そう言いながらデンモクをピピピと連打すると、俺の転送したカラオケ曲は問答無用で演奏停止された。

「あーまじっすかー」

俺は適当に笑って相槌をする。


ここは家の近所にある居酒屋《たもつ》。

数日前まで一度も来たことは無かったけれど、とある“事情”で通うことになった。


「きみ、タモツの同級生なんだって?いやー、あのタモツにこんな爽やかな友達が居たなんてね」

マイク片手に立ち尽くしていた俺に声を掛けてきたのは、これまた常連のオジさん。
初めて来た時になぜか名刺を渡されて、どこかの社長だとか言っていたけれど名前は……忘れた。

そして店の名前になっている《たもつ》とは、店主の名前では無い。
店主の一人息子の名前だ。


「おっさん、コイツ別に友達じゃない。頼まれたから協力してるだけ」

その一人息子・タモツは中学の制服を着たまま、カウンターの隅で秋刀魚の塩焼きをキレイに食べていた。今日の晩メシか。




「なんだ友達じゃねぇのか?どういう関係だお前ら」

社長はそう言うとガハハと笑った。

俺は慌ててタモツの肩に手を置いた。

「おい、タモツ。
お前、空気読むって知ってるか?こういう時は友達でいいんだよ」

「なんだそれ?めんどくさ。ああ、佐橋(さはし)はいつもそうやって空気読んでんのか」

遠慮のカケラもない言葉。
同級生だから分かる。
タモツに友達がいない所以は間違いなくコレだ。

「お前の口の悪さには惚れ惚れするわ」

「どーも」

「褒めてねぇよ」


タモツの親父が営む居酒屋に連日通っているのには理由がある。

来月開催される、3年1組カラオケ大会だ。


自分で言うのもアレだけど、人望はあるほう。
運動神経も良いし、勉強もまぁまぁ。
見た目も…まぁ悪くないと思う。


ただ一つ、自信がないのが歌。


これまでなにかと理由をつけてカラオケは断ってきたけれど今回ばかりは断れなかった。
体育祭の打ち上げだから。
応援団長やったしな。


で、カラオケ完備してる居酒屋たもつで練習させてくれとタモツに頼み込んだというわけ。

さすがにカラオケ通う金ないし。

ちなみにタモツとは小学校から一緒。
親同士が仲良いみたいだけど、当の俺たちは学校で話す事はほとんどない。
というかタモツは基本的に誰とも仲良くない。
いじめられてる訳じゃないけど、変わりもんだから敬遠されている。

そんなタモツに久々に声をかけて頼んだ。

もちろんタダじゃない。

条件を出された。

“桜井さんとの仲を取り持ってほしい”


いやぁ、笑った。
タモツでも恋愛に興味があるとは。

桜井さんは出席番号が前後なのもあって割と喋るし連絡先ももちろん知っていたが、彼女もまた一軍女子。

タモツと桜井さんが上手くいくのかは謎だけど、そんな事は後から考えれば良いわけで。

とにもかくにも、俺にとってはカラオケ上達がまず最優先だ。


「いい?ボク。こういうのは歌い出しが肝心なの。歌い出しで皆の注目をかっさらう作戦よ。この曲にしなさい」


オバさんは慣れた手つきでデンモクを操作すると、ピピッと転送した。


流れ始めた曲は浜崎あゆみの“M”。



歌えるか!
いつの歌だよ!


俺の心の叫びと同時にタモツがぼそっとつぶやいた。


「オバさんが歌いたいだけじゃん」


この時ばかりはタモツの口の悪さに感謝した。




カラオケ大会まで残り3週間。

オバさんに邪魔されてる場合じゃないんだけど。

居酒屋《たもつ》で、俺は上達できんのか?!







つづく