「結菜、今日はいい日だよ」
急に何。
「風がいい。花が一番、気持ちよく揺れる日だ」
そう言って、兄は玄関のドアノブに手をかける。
その横顔は、まるで世界の理をすべて理解している園芸の神みたいだった。
「……はぁ。はいはい、花屋的天気予報ね」
「違う。これは経験だ。花は嘘をつかない」
どんな経験。
「今日は“追い風”の日だ。結菜にとってもね」
「なにその進路相談みたいな言い方」
兄はふっと微笑んだ。シスコン特有の、妹が眩しすぎて直視できない人の笑顔である。
そして。
ガチャリ。
玄関のドアが、開いた。
――瞬間。
ゴォォォォオオオッ!!!!
「ぎゃっ!!?」
視界が、一気に白く染まる。
叩きつけるような雨。横殴りどころか、もはや刺しにきている勢いの豪雨。そして、全てを吹き飛ばす暴風。
「ちょっ、ちょっと待って!?!?」
前髪が即死。
スカートが意思を持って暴れ出す。傘? そんな概念、ここには存在しない。
「……っ、うわ、すごいな」
兄だけが、なぜか穏やかだった。
強風に煽られながらも、花を胸元で庇い、しみじみと呟く。
「花が、ものすごく揺れてる」
「揺れてるとかのレベルじゃない!!暴風警報だよこれ!!」
雨が、容赦なく顔面に直撃する。
息を吸うと、水を吸う。
「お兄ちゃん!!」
「ん?」
「さっき言ってた“風がいい日”って!!これ!?!?」
私が叫ぶと、兄は一瞬だけ考える素振りを見せてから、真顔で言った。
「うん。すごく、いい風だ」
「良すぎるわ!!!!!!」
玄関先で、私は全力でツッコんだ。
