これは恋か、妄想か。



───お昼休み。


ハルと机を向かい合わせ、弁当を広げる。


数時間前のあの「パニック」の後遺症で、教室はまだどこかふわふわした、集団幻覚の中にいるような空気だ。

…いや、本当にひどかった。あの時の、私の扱われ方。




今朝、扉がガラガラと開いた瞬間。上着を私に貸してワイシャツ一枚になったハルが、湿った前髪を指で気だるそうに払う。



「……はあ、……疲れた。ここどこだっけ」


なんて、自分の教室なのに記憶喪失みたいな寝ぼけたことを宣いながら入ってきたのだ。


その瞬間、教室中の視線という視線がハルに集中した。



「……っ! 遥くん……ワイシャツ……! 色気が……湿度がエグい……!」

「見て、あのやる気のない目! 完全に『夜の王』の朝帰りじゃない……!」



さらにその隣で、白鳥さんが「さあみんな! 今日の遥くんは『憂いの雨に濡れた、はかない夜の王(昼だけど)』だよ!」と華麗にポーズを決めて煽るものだから、女子たちは完全に沸騰した。



(……で、問題は私だ)



一応、ハルの上着をぶかぶかに羽織り、白鳥さんに整えられた「はかなげ美少女」状態で立っていたはずなのに。


「ねぇ、遥くんの横にあるあの『ずぶ濡れの塊』、何?」

「しっ、見ちゃダメ! あれは遥くんと白鳥さんの美しさを引き立てるための、公式の『添え物』か何かだよ!」

「あぁ、なるほど。雨に濡れた質感を出すための、精巧なオブジェ(エビ型)か……」


……人間だよ! むしろ今朝の主役は、ずぶ濡れになった私でしょ!!



私が歩くたびに床にポタポタと雨の跡がついても、誰も「結菜、大丈夫?」なんて聞いてくれない。

「あ、オブジェから水が漏れてる。演出が細かいね」

と、感心される始末。


白鳥さんの「美少女補正」が効きすぎて、もはや人間としての生々しさが消え、完全に「二人のイケメンと美少女の背景」として受理されてしまったのだ。