これは恋か、妄想か。




ハルの穏やかなエスコートに導かれ、一歩踏み出したその時。




「……いやぁ、ブラボー。最高に『絵』になってたよ、二人とも」



背後から、雨音を跳ね返すような華やかで楽しげな声が響いた。
振り返ると、校門の柱の陰から、一人の生徒がゆったりと歩み寄ってくるところだった。



白鳥 美月さん。私とハルのクラスメイトだ。


胸元まで届く亜麻色の長い髪。右サイドには完璧な角度のリボンが編み込まれ、歩くたびに三つ編みの先が軽やかに揺れている。一点の曇りもなく着こなされた女子制服を纏う彼は、どんよりとした雨空の下で、そこだけスポットライトが当たっているかのように眩しかった。


「あ、白鳥さん」


驚いて声を上げると、白鳥さんはキラキラした瞳で、私とハルを順番に見渡した。



「見てたっていうか、特等席? 結菜ちゃん、今のエビのステップ……すごく『感性』に響いたよ。遥くんも、上着を貸してあげるなんて王子様だね。見てよ今のこのビジュアル」



白鳥さんは、額縁を作るように指を組んで私たちを覗き込んだ。



「雨に打たれて覚醒したエビ姫を、無口な騎士が自分の上着で包んで守る……。うん、ビジュ良すぎ。これは今、読者が喜ぶやつだ」



その言葉に、私の脳内スイッチが切り替わった。


……そうだ。



雨、上着、距離の近さ。


ここは地の文がしっとりと長くなり、叙情的な描写でページが埋まるべきところ。余計なことを言うとテンポが崩れる。黙って、ただ視線を伏せて歩くのが正解。分かってる。分かってるけど、私はエビ。




「……結菜?」



ハルの声で、メタ視点が強制終了した。


読者もいない。
地の文もない。ただの現実。



「今、文章量の調整してた」

「……意味わかんない」


ハルが本当に心底から「何言ってるの」という顔で笑う。でも、私は真剣だ。


「でも大事なとこだよ。ここ。今の一コマ、引きの画でページ半分は持たせないと」

「分かる。すごく分かるよ結菜ちゃん」


美月さんが、わが意を得たりと深く頷いた。


「今のシーン、改行きれいに入りそうだもん。ハルくんのこの無防備なワイシャツのシワが、読者の想像力を刺激するクリティカルポイント(急所)だよね。余白が美しさを物語るっていうか」

「結菜に乗っからないで。シワはただのシワだから。……ていうか、二人してどこ見て歩いてるの」


ハルが呆れ果てたようにツッコミを入れるけれど、私と美月さんは止まらない。


「見て、ハル。白鳥さんのリボンの揺れ方。ここ、スローモーションの演出入るから。背景にトーン貼るレベルだよ」

「ボクも今、結菜ちゃんのまつ毛に残った雨粒を、どうマクロレンズで抜くか考えてたところ! 完全に『神回』の予感だね」

「……。とりあえず、その『神回』を保健室で迎えたくないなら、早く中入ろ」

ハルは苦笑いしながら、でもやっぱり私を気遣うように歩き出す。


「あはは! 遥くん、そんなに急がなくても。いいよ、ボクが後ろから素敵なエンディングを演出してあげる。さあ結菜ちゃん、その『エビの抜け殻(上着)』をしっかり纏って。教室までランウェイの始まりだよ!」


彼の華やかな全肯定。女子制服を完璧に纏った美少女系男子は、一瞬で私たちの間に鮮やかな色を付けて入り込んできた。

私は二人に挟まれながら、今度こそ堂々と、校舎の入り口へと足を進めた。