これは恋か、妄想か。



そのとき。


雨音に紛れて、足音が一つ近づいてきた。


さっきまで少し離れた場所で不良たちの背中を見送っていたはずのハルが、いつの間にか、私のすぐ隣に立っていた。


近い。
思っていたより、ずっと。



「……結菜」



名前を呼ばれて、ようやく私は彼を見上げた。
雨粒を弾く傘の影で、ハルはいつもより少しだけ真剣な、それでいて何かを隠すような険しい顔をしている。



「……ん」



そう言って、私の返事を待たずに、ハルは自分の肩に掛けていた薄手の上着を外した。


次の瞬間、それがふわりと私の肩に落ちてくる。


「あ」


声を出すより先に、布の重みと、雨とは違う温度が伝わってきた。


ハルの体温が残る上着が、透けてしまった私の胸元を、そして晒されていた無防備な背中を、一瞬で覆い隠す。


「雨、まだ強いから」


理由はそれだけ。私の「透け」を金髪くんに一秒たりとも見せたくない、なんていう独占欲(?)の告白は、そこにはなかった。

ハルは何事もなかったみたいに、少しだけ私の立ち位置を直して、傘の角度を変える。
私の頭上にあった暴力的な雨粒が、急に遠ざかった。


「ほら。こっち」


軽く促されて、一歩。
気づけば私は、完全にハルの傘の内側に収まっていた。

なんだか、世界の音量が下がったみたいだった。
さっきまで私を祝福していたはずの豪雨が、急に背景に引っ込んで、代わりに、ハルの息遣いとか、濡れた制服の匂いとか、そういうどうでもいいはずの情報ばかりがやけに鮮明になる。


「……ハル?」


呼んでみたけど、彼はもう前を向いていた。


「風邪ひくよ」


それだけ言って、また一歩、距離を詰める。
逃がさない、というより、「外に出さない」みたいな、絶対的な守護の距離。

私は首を傾げながら、肩に掛かった上着をぎゅっと掴んだ。正直、何が起きてるのかはよくわからない。

元々ハルはマイペースで気まぐれで、猫みたいなやつだ。


それにエビダンスの後遺症で脳が揺れているのかもしれない。でも。エビとして覚醒した直後の私にとっては、これもきっと、宇宙規模のピタゴラスイッチの一部なのだろう。


私の「求愛」が、巡り巡ってハルの「上着」を召喚したのだ。

……うん、そうに違いない。


そんな斜め上の結論だけは、なぜか自然に、ストンと腑に落ちていた。