……いや、待って。
私は、ハルの濡れた背中と、雨空を交互に見上げた。
その瞬間、雷に打たれたみたいな衝撃が、頭の奥を一直線に貫いた。
そうか。
……そういうことだったんだ。
一瞬にして、私の脳内BGMが切り替わる。
さっきまでの不安を煽る低音は消え、どこからともなく壮大なストリングスが流れ出す。完全にクライマックス前の盛り上がりだ。
この土砂降りは、嫌がらせなんかじゃなかった。世界は、私に冷たくしたわけじゃなかった。
この雨は、私を守るための「聖なる結界」だったんだ。
私の視界が、きらっと一段階明るくなる。瞳に、たぶん見えない光が宿った気がした。
考えみてほしい。
もし今日が快晴だったら私はもっと早く校門に着いて、ハルがいないうちにここを通り抜けて、普通に――いや、普通じゃない形で拉致されていた可能性が高い。
でも、お兄ちゃんが「風がいい」なんて意味不明な予報をして時間を稼ぎ、この豪雨が視界を遮り、ハルの傘に溜まった水が、あの完璧すぎるタイミングで不良をスプラッシュ・ガードした。
……全部、繋がった。
これは偶然じゃない。この雨は、私という名の「運命の乙女」を、汚れた外界から隔離するために降り注いだ、天の演出。
私……愛されてる。
人類に?
それとも、気象庁に?
「ちょっと、結菜。顔が深海魚から宇宙との交信に変わってるよ。怖いんだけど」
ハルの呆れた声が聞こえたけれど、今の私の耳には届かなかった。
ハルもきっと、無自覚に天の意志に従っているだけなんだ。さっきの水しぶきアタックも、彼自身の判断じゃない。
きっと彼に宿った「雨の守護霊」が、傘を操った結果なんだと思う。
ありがとう、守護霊。今度お礼に、高級な撥水スプレーをお供えするね。
「……おい、無視すんなよ」
不良が、苛立ちを隠さず一歩踏み込んでくる。
でも、今の私は無敵だった。
なぜなら、全自動降雨システムが完全に味方についているから。
「ハル! 大丈夫、恐れずに進んで!」
私は勢いよく言った。
「この雨は私たちの味方! いわば『神のミストシャワー』よ! さあ、もっと水を弾いて! 聖なるスプラッシュで彼らを浄化するのよ!!」
「……何言ってんの。本当に風邪ひいたんじゃない?」
ハルが本気で心配そうな顔で私を二度見する。
でも、その時にはもう遅かった。
私の妄想特急はブレーキを失い、「雨上がりの虹の向こう側」まで全力で爆走してしまった。
