これは恋か、妄想か。





「嫌がってるよ」



ハルの声が、驚くほど冷静に響いた。



そして次の瞬間。


私の目の前で、彼が持っていた大きなビニール傘が、まるで盾……いや、散弾銃のように勢いよく不良に向かってバサッ!と広げられた。


バシュォォォッ!!!


傘の表面に溜まっていた数リットルの雨水が、物理法則に従って相手の顔面にクリティカルヒットする。



「ぶふぉっ!?」

顔面を直撃した水の衝撃で、不良の顔が面白いように仰け反った。


目を開けたままバケツの水を食らったみたいな顔になって、瞬時に「強面な悪役」から「完全に不機嫌な濡れネズミ」へとジョブチェンジを果たす。



「ちょ、ええええええええ!? 何やってんのハル!!?」

私の喉から、今日一番の変な声が出た。


「傘は武器じゃないよ! まさかの水しぶきアタック!?相手が風邪引いたらどうすんのよ、この後お詫びのフルーツ盛り合わせを持って『先日はうちのハルが傘でスプラッシュしてすみませんでした……』って、敵の本拠地に乗り込むお詫びイベントが発生しちゃうじゃん!!」

ハルは私の混乱を完全にスルーして、濡れネズミ化した不良を透明な傘越しに見据えている。

「あー……ごめん。手が滑っちゃった」

「絶対嘘だよ! 滑り方と広げる角度がプロのそれだったよ!」

ハルは平然とした顔で私と不良の間に立ち、そのまま一歩、壁のように前に出た。


「……この子に触らないで。嫌がってるの、見れば分かるでしょ」

顔から滴る雨水を乱暴に拭いながら、不良が吠える。

「テメェ……! は? なんだよ。……もしかして、こいつが彼氏か?」

「違うよ」

ハルはコンマ一秒の迷いもなく、即答した。


「幼なじみ」

「否定が早い!そこはもっと、こう……さて、どうだろうね?みたいな、読者をやきもきさせる含みを持たせてよ!即答すぎて私のヒロインとしての立場が、今朝の雨に流されるゴミみたいに軽くなってるんだけど!」

「結菜、うるさい。今それどころじゃないかも」

ハルは呆れたように肩越しに振り返った。


その視線の先では、金髪の重要キャラが、濡れた不良とハルを見比べながら、面白そうに口角を上げている。


雨は激しさを増し、事態は「お詫びのフルーツ盛り合わせルート」か「本格的なバトル展開」かの瀬戸際に立たされていた。