窓の外から差し込む柔らかな陽光が、閉じた瞼の裏側をじんわりと白く染めていく。
まぶた越しに感じるその明るさに、私は小さく眉を寄せ、やがてゆっくりと目を開けた。
「……ん……」
喉の奥から、半分夢のままの声が漏れる。
大きく口を開けて、欠伸をひとつ。
視界に映るのは、見慣れた天井。
シャンデリアもなければ、スポットライトもない。
深海も、エビも、ここにはいない。
カーテンの隙間から覗く空は、驚くほど澄み切っていて、雲ひとつない青。
文句のつけようがない、教科書に載せたいくらいの快晴だった。
「……夢、かぁ」
ベッドの上でぼんやり呟く。
胸の奥に、まださっきの余韻が残っている気がして、無意識にため息が漏れた。
とはいえ、今日は平日。
夢の感想に浸っている余裕はない。
私は布団を跳ね除け、いつものように制服に袖を通し、顔を洗い、髪を整える。
特別なことは何もない、いつもの朝のルーティン。
そうして支度を終えるころには、頭の中のエビも完全に成仏していた。
自室のドアを開け、階段を一段ずつ降りていく。
その途中で、ふわりと鼻先をくすぐる、香ばしい匂いが漂ってきた。
――パンだ。
トーストが焼ける、あの安心する匂い。
リビングが近づくにつれて、その香りはどんどん濃くなり、同時に、聞き慣れた声も耳に届いてくる。
「まあ……見てちょうだい、この焼き色……」
嫌な予感がした。
先に言っておこう。我が家は、そこそこ裕福ではあるがその中ではごく普通の中流家庭だ。豪邸でもなければ、特殊な家訓があるわけでもない。
……ただし。
キッチンに立つ母を除いては。
「このこんがり具合……まるで、新しい恋に胸を焦がす乙女の頬のようだわ……」
皿の上のトーストを見つめ、うっとりと目を細めている母。
食パン一枚に、どれほどの感情を投影すれば、そこまでの物語が生まれるのか。
母は、元・お嬢様だ。
しかも、わりとガチの。
実家がとんでもない資産家で蝶よ花よと育てられた結果、現在もなお、世界をロマンスフィルター越しに見ている。
