低い声が、叩きつけるような雨音を切り裂いて飛んできた。
ざらついた空気に、ぴしっと目に見えない亀裂が入る。
「なに見てんだよ」
その一言で、世界の色が一段階濃くなった気がした。
校門前のコンクリート、跳ね返る雨粒、湿った鉄の匂い。
さっきまでただの登校風景だったはずの景色が急にイベント用背景に差し替えられる。
その瞬間、私の脳内に設置されている乙女ゲーム・フラグ検知器が、限界突破の音量で警報を鳴らし始めた。
――来た!
これは完全に『放課後のアイツは孤独な獣』ルートの第一章だ。
ああ、もう。
私は一瞬、足の裏からコンクリートを流し込まれたみたいに動けなくなり、それからぎこちなく、スローモーションで隣を向いた。
今朝、お兄ちゃんが「今日は風がいい」なんて言った時点で嫌な予感はしてた。あれは天気の話じゃない。完全に運命の前振りだ。この雨、この校門、このタイミングで、何も起きないわけがない。全宇宙が私を物語に巻き込む気満々だった。
言葉にしなくても伝わるでしょ、という怨念を込めて視線を送ると、ハルは一拍置いてから、眠たそうに息を吐いた。
「あー……」
それは、面倒ごとを察知した人間の声だった。
「ほら! ほらほらほら! だから言ったじゃん! イベント発生って言ったじゃん! ほら見ろ選択肢出たじゃん!」
私は雨音に紛れるのをいいことに、早口で畳みかける。心臓が、リミッターを外されたエンジンみたいに無駄に回転している。
「……出たね」
ハルは相変わらず、凪みたいな調子で返す。こいつは焦る事を知らないのか。
