これは恋か、妄想か。



完全にゲームだ。

視界の端で、ハルの靴先が水を踏む。
水が跳ねても、彼は歩調を変えない。


雨粒が傘の縁から落ちて、黒髪の先に触れ、前髪をさらに重たくする。それを気にする様子もなく、彼は眠たそうに瞬きをしていた。


「ハルさ」

「ん?」

「もしさ、これ全部仕組まれてたとしても、驚かない?」

「仕組み?」

「うん。雨も、休校にならないのも、私たちがここを歩いてるのも……あと、朝の天気予報も」

最後は小さく付け足しただけなのに、意味は重い。ハルは少しだけ考えて、前髪の奥から私を見る。

濡れた髪の隙間から覗く目は、相変わらず眠そうなのに、どこか妙に落ち着いていた。

「でもさ、それなら俺たち、ちゃんと進んでるってことじゃない?」

「……何を?」

「物語」

その一言で、頭の中が一瞬、静かになる。

物語。

朝の晴天は導入。
お兄ちゃんの一言は伏線。
この雨は、回収。

そう考えると、やっぱり怪しい。


「それ、ズルい言い方」

「そう?」

「妄想を肯定する方向にしか行かない」

「だって結菜、妄想してる時の方が生き生きしてるし」

さらっと言われて、私は足を止めた。

「……それ、褒めてる?」

「半分」

「残り半分は?」

「面白い」

完全に刺してから、何食わぬ顔で肯定する。
前髪の向こうで、ほんの少しだけ口角が上がるのを、私は見逃さなかった。

この人も、この人で厄介だ。

私はもう一度歩き出しながら、空を見上げた。相変わらず重たい雲。

風だけは、確かに強い。
ハルの前髪が風に押されて流れ、ツーブロックの輪郭が一瞬だけはっきりする。

それが余計に、お兄ちゃんの言葉を思い出させる。

「ねえハル」

「ん?」

「この雨、学校の陰謀じゃなくてさ」

「うん」

「身内発生だったらどうする?」


一瞬の間。ハルは前を向いたまま、濡れた髪を気にするでもなく言った。

「それはそれで、厄介だね」

淡々とした返答が、逆に現実味を増す。

校舎が、見えてきた。灰色の建物が、雨の向こうにぼんやりと立っている。


逃げ場はない。
イベントは、強制進行。

私は深く息を吸って、傘を握り直した。

「……やっぱ怪しい」

「まだ言う?」

「言う。保留だけど疑う」

「いいと思う」

そう言って、ハルは一歩だけ先に進む。

雨はまだ止まない。
妄想も、まだ完全には止まらない。

でもこのフィールドを一緒に進む人がいるだけでやっぱり少しだけ、難易度が下がった気がした。