「放課後算数クラブ……?」
まだまだ汗が止まらない、9月。
2学期になってすぐの昼休み、校内掲示板の端っこに貼られた1枚の紙に、わたしは目をとめた。
『算数が好きになりたい子、得意になりたい子、集まれ! 苦手でも大丈夫! 毎日放課後、4階・算数準備室』
カラフルなペンで書かれたそんな文章の周りに、三角定規とか、分度器とかのイラストが並ぶ。
その中に、大きな『放課後算数クラブ』の文字。
この掲示板には、行事のお知らせとかに混じって、いろんなクラブの勧誘ポスターが貼られている。
『初心者大歓迎 料理クラブ』
『先輩がやさしく教えます 裁縫クラブ』
わたしの通う関和小学校は、もともとこういうクラブ活動がさかんだ。
4年生から入ることができて、放課後になると、スポーツ系のクラブが校庭や体育館で練習する声や、合唱クラブの子の歌声が校内のいたるところに響く。
わたし――津田 汐理も、ボードゲームクラブに入っている5年生。
といっても、毎週金曜の放課後、友だちとお喋りしながら2時間ぐらいトランプゲームをやる、ゆるい雰囲気のクラブだったから選んだだけだ。真剣に何かをしたいわけじゃない。
「どうしたの汐理ちゃん? なんか面白いポスターあった?」
と、後ろから友だちの女子に声をかけられる。
「あ、ううん。算数クラブって、聞いたことある?」
「なにそれ? 理科実験クラブはあったよね。でも、算数は知らないなあ」
「だよね。けどほら、ポスターに」
「ほんとだ」
友だちは算数クラブのポスターにちょっと目をやるが、あんまり興味は持ってなさそう。
「えー汐理ちゃん、興味あるの?」
「そこまでじゃないけど……最近、算数のテストの点数良くなくて」
「いやいや、汐理ちゃんあたしよりも普通にいいじゃん。あたし算数なんか絶対嫌だよ」
「ありがとう。けど、お母さんが塾に入ったらって……」
塾に入ったら、週に一度のボードゲームクラブや、放課後や土日に友だちと遊ぶのもできなくなるのかな。
友だちのお姉さんが、中学受験のための塾でずーっと勉強漬けだったのを思い出す。
「そうかあ、汐理ちゃんのお母さん厳しいもんね。入るの?」
「う〜ん……」
友だちが言うように、わたしの成績はクラスの中でも良い方だとは思う。
けど、ずっと同じ点数だと、お母さんもお父さんもすぐ慣れて喜ばなくなる。
うちは共働きで、お母さんもお父さんも仕事でとっても忙しい。家事があるのでたいていどちらかは家にいるけど、わたしと喋る時間はそんなにない。
そんな2人がわたしを一番褒めるのは、わたしがテストで良い点数を取ったときだ。
逆に点数が悪いと、ものすごく心配される。
だから、好きではないけど、わたしは勉強を頑張るようにしている。
とはいえ、遊びたい。他の子みたいに、好きな配信者や歌手とかもいるし、コンビニでお菓子を買い食いするのも好きだ。
「やっぱり気は進まないなあ。遊ぶ時間無くなっちゃうし」
「確かに。あたしも汐理ちゃんと遊べないの嫌だよ」
お母さんが言うように、算数の点数が最近良くないのは事実。けど、他の教科は別に悪くない。
だったら、もしこの算数クラブで算数の成績が上がるのなら、塾よりは良いのかな……
***
その日の放課後。
「汐理ちゃん、一緒に帰ろう〜」
「えっと……今日図書室に寄らなきゃいけないから、先帰ってて良いよ」
悩んだわたしだったけど、友だちにそう言って、結局算数準備室の前まで来てしまった。
塾に行ったら、きっと全教科勉強しなきゃいけなくなる。
確かに算数の点数をもとに戻すために、少し勉強時間を増やさなきゃいけないかもしれない。
けど、他の教科は別に良いだろう。
もしこの算数クラブで勉強しなきゃいけないとしても、それは算数だけの話。
なら、多少は我慢できる……と思う。
でも、放課後にまで勉強したいなんて、きっとここにいるのは変わった子だ。
理科は実験があるし、本好きな子なら国語とかはやりたがるかもしれないけど、算数に楽しい要素があるなんて想像できない。
計算はやり方がわかっていても間違えそうになるし、大変だし……
好き好んでしたがる子っているのかな?
それともわたしみたいに、成績を上げたくてやってるだけ?
まあ、仲良くなれそうな子がいなかったら、無理してクラブに入らなくていいか。
自分を納得させて、わたしはドアをノックする。
コンコン
「失礼します……」
そっとドアを開けると、飛び込んできたのは2つの声。
「惜しいな、このパターンが抜けてるぞ」
「あー本当だ。弘志兄ちゃん、気づいてて言わなかったでしょ」
「解いてるときに言っちゃったらダメだろ。あと校内では先生と呼べ」
普通の教室の半分ほどのスペース。
ホワイトボードを前にして、1人の男子と1人の先生が言い合っていた。
「あの……」
わたしが声を上げると、2人ともこちらに目を向けてきた。
――あっ。クラスは違うけど、わたしの知ってる男子だ。先生の方も。
「おっ、君は確か、2組の……」
「津田 汐理です」
「そうだそうだ。津田さん、先生になにか用かな?」
「いえ、その……算数クラブの張り紙を見て……」
と、そこで男子の顔がぱっと輝いた。
「おーまじか! あ、俺は1組の渋谷 春太」
うん、知ってる。
直接話したことは無いけど、渋谷くんはうちの学年じゃ有名人だ。
サッカークラブのエースでイケメン。それに加えてテストの成績も良い方と聞く。
友だちの女子にも、ファンの子が何人かいる。
そんな渋谷くんが、どうして算数クラブに?
「春太落ち着け。まだ津田さんに何も説明してないだろ」
わたしに向かって身を乗り出してくる渋谷くんを、先生のほうが手で制する。
3組の担任である天河 弘志先生。20代の男の先生で、親しみやすくて男女問わず人気の先生だ。
「津田さん、もしかして算数クラブに興味あり?」
「はい……ここは、算数をするクラブ、なんですか?」
「うん。といっても、普段の授業の予習復習をしよう、とかいうわけじゃないんだ。百ます計算みたいなのもやらない」
え? じゃあ、勉強するんじゃないってこと?
わたしの疑問を察したのか、天河先生がにっこりと笑う。
バスケットボールクラブの顧問をしている先生。スラリと背が高くて、わたしは少し見上げる格好になる。
「ここはね、算数オリンピックを目指すクラブなんだよ」
「算数……オリンピック?」
2つの言葉が結びつかない。
オリンピックって、4年に1回のあれだよね?
わたしが知らないだけで、学校のテストみたいなやつもあるのかな?
「うん。算数オリンピック。オリンピックというよりは、全国大会みたいな感じに近いかな。ほら、全国学力テストみたいなやつ、津田さんも受けさせられたでしょ?」
ああ、それならわかる。1学期のときに、いつもの学校のテストとは違うやつだけど、みんな受けなきゃいけないんだよと先生に言われたやつだ。
「あれの算数バージョン、って感じ。我こそは算数が得意だ、って小学生が同じ問題を解いて、得点を競うんだ」
「そんなのがあるんですか」
知らなかった。確かにそう聞くと、スポーツの大会みたいに思える。
「予選大会と決勝大会があってね。成績が良いと表彰されて、メダルをもらえたりもする。もちろんそこまでいけるのはほんの一握りだけどね」
「高い壁だけど、俺は算数オリンピックで金メダルが取りたいんだ。だから先生に色々教えてもらうようお願いした」
渋谷くんが右手で握りこぶしを作る。
普段からかっこいい顔だけど、今はよりいっそう目がキラキラしているような。
「毎年6月から7月にかけて大会があるんだけど、今年の大会が終わった直後、夏休みの間に春太から頼み込まれてね。で、せっかく教えるなら他にも興味ある子がいれば、と思って算数クラブを立ち上げたんだよ」
へ〜……渋谷くんは、算数大好きだったのか。
わざわざそんな大会に出ようとしているなんて。いや、先生の言っている感じだと今年の大会に出ていたのかな。
とにかく、学校の成績のために仕方なくやってるわたしとは、何もかも違う。
渋谷くんみたいに目を輝かせることは、わたしにはできない。
すごいな渋谷くん、と思ってわたしはその場を去ろうとした。
「わかりました。そしたら、わたしはその、オリンピックに出るつもりはないので、失礼し」
「まあまあ待って」
と、ドアを閉めかけたわたしを天河先生が手招きする。
「別に算数オリンピックへ出ることを強制はしないよ。あと、算数オリンピックを授業でやる算数と同じように考えてるなら、それは違う」
「え、でも算数なんですよね」
「そうなんだけど……あ、そうだ。春太、さっきやってた問題、津田さんに出してみてもいいかな」
「良いぜ。津田さん、算数オリンピックではこういう問題が出るんだぞ」
渋谷くんがにやりと笑う。
先生が、ホワイトボードに色々と書き始めた。
『あるサッカーの大会は、次のルールで順位を決める。
① リーグ戦で、どのチームも他全てのチームと1回ずつ対戦する。
② 合計勝ち点の多い順に優勝、2位、3位……と決める。
③ 勝ち点は試合に勝つと3点、引き分けると1点、負けると0点もらえる。
大会の結果、優勝チームは(同点がなく)1チームに決まったが、不思議なことが起こった。
優勝チームの勝利数は、他のどのチームの勝利数よりも少なかったのだ。
問題:考えられる最も少ない大会参加チーム数はいくつ? また、そのときの優勝チームは何勝何敗何引き分け?』
――え?
「えっと……こんなことあり得るんですか?」
確かに不思議である。
一番勝ってないチームが優勝したってこと、だよね?
「おかしい……ですよね?」
「うん。でも、そこで考えるのを止めないことが大事だ。ちなみにこれは、さっき言った算数オリンピックの予選大会で実際に出た問題。春太や津田さんと同じ5年生が解いてた問題なんだ」
「そうなんですか?」
「だから、津田さんもきっとわかるはず。……とはいえ、いきなりは難しいから一つ一つ説明していこうか」
天河先生がペンを持つ。
でもこんな文章から、何がわかるんだろうか。
「弘志兄ちゃ……先生の説明はすごいわかりやすいんだ。津田さんもすぐわかるようになるよ」
と、いつのまにか横に立っていた渋谷くんがすごく真剣な顔をしている。
――サッカーしているときの渋谷くんより、かっこいい……
「まず津田さん、一番勝ってないチームが優勝するっていう不思議なことが起こるとしたら、どんなときだと思う? ヒントはこの大会が勝ち点で競うものだってことだ」
勝ち点、というところを強調する天河先生。
……ああ、もしかして?
「引き分けでも勝ち点がもらえるから、引き分けをたくさんして、他のチームはちょっとだけ勝ったけどあとみんな負けた、みたいな」
「そうそうそのとおり。例えば、優勝チームは他のチームより、勝利数がギリギリ1だけ少なかったとしよう。勝利数が1少ない分の勝ち点を引き分けで補うには、引き分けはいくつ必要かな?」
そっか、それならわかる。
勝ったときの勝ち点は3、引き分けの勝ち点は1なんだから。
「3つ……だと同点になっちゃうから4つです」
「正解。でも実際には、優勝チームと引き分けた勝ち点1も他のチームに入っているから、プラス1で5つ必要なんだ」
天河先生はホワイトボードに色々図を書き始める。
「で、優勝チームの負けは無いにこしたことないので、まず優勝チームを◯勝0敗5引き分け、と考えよう。すると、2位のチームは(◯+1)勝▢敗1引き分けと表せる。この1引き分けは優勝チームとの引き分けだ」
「あれ、1だけ……?」
「ああ、ここで優勝チームが5引き分けなんだから、2位チームが5チームいることもわかるね」
「え、でも、それって、わかるんですか?」
確かに先生の説明はあってる……気がするが。
「大丈夫。先生は絶対間違えないから!」
横の渋谷くんが、こちらを向いて親指を立ててくる。
ものすごく得意げな表情で、わたしも思わずうんと言いそうになる。
渋谷くんのキリッとした目に曇りはない。
さわやか、という言葉がすごい似合う。
「絶対って言われると、プレッシャーになっちゃうんだけどな……まあ実際、津田さんの疑問もわかる。今は結構仮定を置きながらやってるからね。でも難しい問題を解くうえでは『仮にこうだとしたら』と考えることは大事なんだ」
へー……
算数でそんなの、考えたことあったかなあ。
というか、算数って感じがしない。
頭を使うのはわかるけど、学校のどの科目とも違うというか……
「問題に戻ろうか。ここまできたら、◯と▢に何が入るか知りたいよね。ひとまず、◯が0のときから考えてみよう」
えっと、◯が0ってことは、優勝チームは0勝0敗5引き分け、5つある2位チームが1勝▢敗1引き分けだから……?
「▢が、わからないと」
「▢は求められる。だって、どのチームも試合数は同じなんだから?」
ああ!
優勝チームの結果から、各チームは5試合やったことがわかるんだ!
ってことは、2位チームの結果から1+▢+1=5だから。
「2位チームは、1勝3敗1引き分けなんだ」
「で、それが5チームいると。さて、こんなことはありえるかな?」
「…………えっと、無理?」
うまく言えないけど、変だ。
勝ち越したチームがいないってのは、おかしい気がする。
「うん、変だよね。変って理由を、春太は言えるかな?」
「わかるぜ。勝ちの合計と負けの合計があってないからな」
そうか、言われてみれば。
全チームの勝ちの合計と、全チームの負けの合計は、同じ数じゃないとおかしい。だって引き分けじゃなかったら、必ずどっちかが勝ってどっちかが負けるんだから。
渋谷くん、頭いい。
「そうだ。試合数もわかってるから、他のチームもいない。1勝×5チームと、3敗×5チームは明らかに数が合わない。ということはこれはおかしい。だから、◯は0じゃないことがわかる」
本当だ。ヒントがあまり無いように見えたのに、わかっちゃった。
「じゃあ次に、◯は1だとしよう。この場合、優勝チームは1勝0敗5引き分け。2位チームは2勝▢敗1引き分け。だけど、この▢はもうわかるね」
「えーと、3」
1+5=2+▢+1ってことだ。さっきと同じ。
「正解。そして気をつけなきゃいけないのは、優勝チームに負けたチームが1つあるよね。2位チーム5つは優勝チームとは引き分けてるから違う」
あっ、◯の数が増えると全チーム数も増えるのか。
「つまり、7つ目のチームがあるということ。とはいえ、この7位チームの勝ちが多くてもまずい。だから7位チームは、(◯+1)勝(▢+1)敗0引き分けとしよう。今◯は1だとしていて、▢は3だから、2勝4敗0引き分けになる」
「それで、さっきみたいに勝ちの合計と負けの合計を比べれば良いんですね」
「おっ、津田さんもわかってきたみたいだね」
わかってきた……本当にわかってきた感じがする。
問題を見たときはなんじゃこりゃって感じだったのに。
「この場合、勝ちの合計は1+2×5+2=13。負けの合計は3×5+4=19。残念ながら合ってない」
ということは、◯が1でもない。
「じゃあ、◯は2?」
「試してみようか津田さん。◯が2のとき、優勝チームは2勝0敗5引き分け。2位チームが5つあって、3勝▢敗1引き分け。▢は?」
「2+5=3+▢+1だから、3」
「そのとおり。そして、7位チームが今回2つある。ここは3勝4敗0引き分け。あとは勝ちの合計と負けの合計を比べる。勝ちの合計は2+3×5+3×2=23だね」
「負けの合計は3×5+4×2=……あっ、23!」
一致した、これで問題ない!
「じゃあ最後にせっかくだから、勝敗表を書いてみようか。例えば、こういう場合がありえる」
先生が、ペンで手早く表を書いてくれる。
ABCDEFGH 勝ち点
優勝A △△△△△◯◯ 11
2位B △ ◯◯◯✕✕✕ 10
2位C △✕ ◯◯◯✕✕ 10
2位D △✕✕ ◯◯◯✕ 10
2位E △✕✕✕ ◯◯◯ 10
2位F △◯✕✕✕ ◯◯ 10
7位G ✕◯◯✕✕✕ ◯ 9
7位H ✕◯◯◯✕✕✕ 9
(勝ち……◯ 負け……✕ 引き分け……△)
「というわけで、チーム数は8つ、優勝チームは2勝0敗5引き分けが正解だ」
すごい、本当に答えが出てしまった。
「どうかな津田さん。算数オリンピックでは、こういう問題も出るんだ。あとは、嘘つきが誰かを当てる問題とか、ちょっとしたゲームをする問題も出たことあるよ」
「まあ普通に図形の辺の長さとか面積とかを求める問題もあるけどな。でもそういうやつも、なんかパズルみたいで楽しいぜ」
先生に続けて、渋谷くんがにこりと笑う。
渋谷くんがこういうのを楽しんでるのは、さっき先生の解説を聞いてるときの顔や仕草ですぐわかった。
この算数クラブで問題を解いているときは、いつもあんな、さわやかな顔なのだろうか。
ファンってほどじゃないけど、わたしにとっても渋谷くんは憧れの男子だ。
かっこよくて、サッカーが上手くて、頭も良い。運動音痴のわたしとは大違い。
そんな渋谷くんの、サッカーのときは見られない表情。
実はわたし、先生の解説を聞きながらちょっと見とれていたりしちゃってた。
――でも、渋谷くんがそれだけ楽しそうにやる理由も、少しわかった気がする。
普段の授業でやる算数とは、違うように感じた。
少なくとも、つまらない計算よりは、やってもいいかなって思える。
「……先生。算数クラブで勉強したら、普段のテストの成績も上がりますか?」
「上がると思うよ。算数オリンピックは小学生向けだから、もちろん小学校の算数で習うことの復習にもなるし、何より算数の考え方が身につく」
わたしの質問に、先生はペンでホワイトボードをコンコンと叩く。
「算数の考え方?」
「うん。さっきの問題の場合だと、『仮にこうだとしたら』を考えたり、あとは条件からわかることを整理できる力も必要になる。勝ち点から引き分けが5個必要になる、ってこととかね。こうした考え方は、テストの問題を解くときにも有効だし、中学や高校に行っても大事なことなんだ」
「それって、単純に頭が良くなるってことですか」
「ずいぶん単純にしたね……でもそう言っても良いよ。もしかしたら、理科とか、他の教科にも役立つかもしれない」
他の教科にまで。
授業では出ないような問題なのに、成績を上げるのにも役立つとは。
――それに、何もないところからいろんなものがわかっていくさっきの問題は、ちょっと面白かった。先生の解説もわかりやすかったし。
「どう、津田さん。俺も1人より、一緒にやる人いたほうが楽しいからさ」
「……でも、わたし、いきなりオリンピックは」
「大丈夫。さっきも言ったけど、参加を強制はしないから。次回の参加申込はまだまだ先だから、それまでに算数オリンピックの過去問とかを解いて、その気になったらで良いよ。春太も、あんまりしつこくは言わないように」
「はーい」
渋谷くん、素直に返事。なんか天河先生と渋谷くん、とても仲が良い。
「とはいえ先生も、できれば津田さんに挑戦してみてほしいと思ってる。本家のオリンピックじゃないけど、参加するだけでも価値があるからね。どうかな? 算数クラブ、入る? まずは体験入部で良いから」
――普段のテストとは全然違う、パズルみたいな面白い問題。
でも、解けば普段の成績アップにもつながる。
学校で算数クラブに入ったことを話せば、お母さんから塾に入るよう言われることもなくなるだろう。
それに、憧れの渋谷くんの、あんなに楽しそうな真剣でかっこいい顔。
あれも、もっと見たい。
「わかりました。とりあえず、体験入部ということで、よろしくお願いします」
こうして、わたしは放課後算数クラブのメンバーになった。
いったいこの先、どんな問題が出てくるのだろう?
まだまだ汗が止まらない、9月。
2学期になってすぐの昼休み、校内掲示板の端っこに貼られた1枚の紙に、わたしは目をとめた。
『算数が好きになりたい子、得意になりたい子、集まれ! 苦手でも大丈夫! 毎日放課後、4階・算数準備室』
カラフルなペンで書かれたそんな文章の周りに、三角定規とか、分度器とかのイラストが並ぶ。
その中に、大きな『放課後算数クラブ』の文字。
この掲示板には、行事のお知らせとかに混じって、いろんなクラブの勧誘ポスターが貼られている。
『初心者大歓迎 料理クラブ』
『先輩がやさしく教えます 裁縫クラブ』
わたしの通う関和小学校は、もともとこういうクラブ活動がさかんだ。
4年生から入ることができて、放課後になると、スポーツ系のクラブが校庭や体育館で練習する声や、合唱クラブの子の歌声が校内のいたるところに響く。
わたし――津田 汐理も、ボードゲームクラブに入っている5年生。
といっても、毎週金曜の放課後、友だちとお喋りしながら2時間ぐらいトランプゲームをやる、ゆるい雰囲気のクラブだったから選んだだけだ。真剣に何かをしたいわけじゃない。
「どうしたの汐理ちゃん? なんか面白いポスターあった?」
と、後ろから友だちの女子に声をかけられる。
「あ、ううん。算数クラブって、聞いたことある?」
「なにそれ? 理科実験クラブはあったよね。でも、算数は知らないなあ」
「だよね。けどほら、ポスターに」
「ほんとだ」
友だちは算数クラブのポスターにちょっと目をやるが、あんまり興味は持ってなさそう。
「えー汐理ちゃん、興味あるの?」
「そこまでじゃないけど……最近、算数のテストの点数良くなくて」
「いやいや、汐理ちゃんあたしよりも普通にいいじゃん。あたし算数なんか絶対嫌だよ」
「ありがとう。けど、お母さんが塾に入ったらって……」
塾に入ったら、週に一度のボードゲームクラブや、放課後や土日に友だちと遊ぶのもできなくなるのかな。
友だちのお姉さんが、中学受験のための塾でずーっと勉強漬けだったのを思い出す。
「そうかあ、汐理ちゃんのお母さん厳しいもんね。入るの?」
「う〜ん……」
友だちが言うように、わたしの成績はクラスの中でも良い方だとは思う。
けど、ずっと同じ点数だと、お母さんもお父さんもすぐ慣れて喜ばなくなる。
うちは共働きで、お母さんもお父さんも仕事でとっても忙しい。家事があるのでたいていどちらかは家にいるけど、わたしと喋る時間はそんなにない。
そんな2人がわたしを一番褒めるのは、わたしがテストで良い点数を取ったときだ。
逆に点数が悪いと、ものすごく心配される。
だから、好きではないけど、わたしは勉強を頑張るようにしている。
とはいえ、遊びたい。他の子みたいに、好きな配信者や歌手とかもいるし、コンビニでお菓子を買い食いするのも好きだ。
「やっぱり気は進まないなあ。遊ぶ時間無くなっちゃうし」
「確かに。あたしも汐理ちゃんと遊べないの嫌だよ」
お母さんが言うように、算数の点数が最近良くないのは事実。けど、他の教科は別に悪くない。
だったら、もしこの算数クラブで算数の成績が上がるのなら、塾よりは良いのかな……
***
その日の放課後。
「汐理ちゃん、一緒に帰ろう〜」
「えっと……今日図書室に寄らなきゃいけないから、先帰ってて良いよ」
悩んだわたしだったけど、友だちにそう言って、結局算数準備室の前まで来てしまった。
塾に行ったら、きっと全教科勉強しなきゃいけなくなる。
確かに算数の点数をもとに戻すために、少し勉強時間を増やさなきゃいけないかもしれない。
けど、他の教科は別に良いだろう。
もしこの算数クラブで勉強しなきゃいけないとしても、それは算数だけの話。
なら、多少は我慢できる……と思う。
でも、放課後にまで勉強したいなんて、きっとここにいるのは変わった子だ。
理科は実験があるし、本好きな子なら国語とかはやりたがるかもしれないけど、算数に楽しい要素があるなんて想像できない。
計算はやり方がわかっていても間違えそうになるし、大変だし……
好き好んでしたがる子っているのかな?
それともわたしみたいに、成績を上げたくてやってるだけ?
まあ、仲良くなれそうな子がいなかったら、無理してクラブに入らなくていいか。
自分を納得させて、わたしはドアをノックする。
コンコン
「失礼します……」
そっとドアを開けると、飛び込んできたのは2つの声。
「惜しいな、このパターンが抜けてるぞ」
「あー本当だ。弘志兄ちゃん、気づいてて言わなかったでしょ」
「解いてるときに言っちゃったらダメだろ。あと校内では先生と呼べ」
普通の教室の半分ほどのスペース。
ホワイトボードを前にして、1人の男子と1人の先生が言い合っていた。
「あの……」
わたしが声を上げると、2人ともこちらに目を向けてきた。
――あっ。クラスは違うけど、わたしの知ってる男子だ。先生の方も。
「おっ、君は確か、2組の……」
「津田 汐理です」
「そうだそうだ。津田さん、先生になにか用かな?」
「いえ、その……算数クラブの張り紙を見て……」
と、そこで男子の顔がぱっと輝いた。
「おーまじか! あ、俺は1組の渋谷 春太」
うん、知ってる。
直接話したことは無いけど、渋谷くんはうちの学年じゃ有名人だ。
サッカークラブのエースでイケメン。それに加えてテストの成績も良い方と聞く。
友だちの女子にも、ファンの子が何人かいる。
そんな渋谷くんが、どうして算数クラブに?
「春太落ち着け。まだ津田さんに何も説明してないだろ」
わたしに向かって身を乗り出してくる渋谷くんを、先生のほうが手で制する。
3組の担任である天河 弘志先生。20代の男の先生で、親しみやすくて男女問わず人気の先生だ。
「津田さん、もしかして算数クラブに興味あり?」
「はい……ここは、算数をするクラブ、なんですか?」
「うん。といっても、普段の授業の予習復習をしよう、とかいうわけじゃないんだ。百ます計算みたいなのもやらない」
え? じゃあ、勉強するんじゃないってこと?
わたしの疑問を察したのか、天河先生がにっこりと笑う。
バスケットボールクラブの顧問をしている先生。スラリと背が高くて、わたしは少し見上げる格好になる。
「ここはね、算数オリンピックを目指すクラブなんだよ」
「算数……オリンピック?」
2つの言葉が結びつかない。
オリンピックって、4年に1回のあれだよね?
わたしが知らないだけで、学校のテストみたいなやつもあるのかな?
「うん。算数オリンピック。オリンピックというよりは、全国大会みたいな感じに近いかな。ほら、全国学力テストみたいなやつ、津田さんも受けさせられたでしょ?」
ああ、それならわかる。1学期のときに、いつもの学校のテストとは違うやつだけど、みんな受けなきゃいけないんだよと先生に言われたやつだ。
「あれの算数バージョン、って感じ。我こそは算数が得意だ、って小学生が同じ問題を解いて、得点を競うんだ」
「そんなのがあるんですか」
知らなかった。確かにそう聞くと、スポーツの大会みたいに思える。
「予選大会と決勝大会があってね。成績が良いと表彰されて、メダルをもらえたりもする。もちろんそこまでいけるのはほんの一握りだけどね」
「高い壁だけど、俺は算数オリンピックで金メダルが取りたいんだ。だから先生に色々教えてもらうようお願いした」
渋谷くんが右手で握りこぶしを作る。
普段からかっこいい顔だけど、今はよりいっそう目がキラキラしているような。
「毎年6月から7月にかけて大会があるんだけど、今年の大会が終わった直後、夏休みの間に春太から頼み込まれてね。で、せっかく教えるなら他にも興味ある子がいれば、と思って算数クラブを立ち上げたんだよ」
へ〜……渋谷くんは、算数大好きだったのか。
わざわざそんな大会に出ようとしているなんて。いや、先生の言っている感じだと今年の大会に出ていたのかな。
とにかく、学校の成績のために仕方なくやってるわたしとは、何もかも違う。
渋谷くんみたいに目を輝かせることは、わたしにはできない。
すごいな渋谷くん、と思ってわたしはその場を去ろうとした。
「わかりました。そしたら、わたしはその、オリンピックに出るつもりはないので、失礼し」
「まあまあ待って」
と、ドアを閉めかけたわたしを天河先生が手招きする。
「別に算数オリンピックへ出ることを強制はしないよ。あと、算数オリンピックを授業でやる算数と同じように考えてるなら、それは違う」
「え、でも算数なんですよね」
「そうなんだけど……あ、そうだ。春太、さっきやってた問題、津田さんに出してみてもいいかな」
「良いぜ。津田さん、算数オリンピックではこういう問題が出るんだぞ」
渋谷くんがにやりと笑う。
先生が、ホワイトボードに色々と書き始めた。
『あるサッカーの大会は、次のルールで順位を決める。
① リーグ戦で、どのチームも他全てのチームと1回ずつ対戦する。
② 合計勝ち点の多い順に優勝、2位、3位……と決める。
③ 勝ち点は試合に勝つと3点、引き分けると1点、負けると0点もらえる。
大会の結果、優勝チームは(同点がなく)1チームに決まったが、不思議なことが起こった。
優勝チームの勝利数は、他のどのチームの勝利数よりも少なかったのだ。
問題:考えられる最も少ない大会参加チーム数はいくつ? また、そのときの優勝チームは何勝何敗何引き分け?』
――え?
「えっと……こんなことあり得るんですか?」
確かに不思議である。
一番勝ってないチームが優勝したってこと、だよね?
「おかしい……ですよね?」
「うん。でも、そこで考えるのを止めないことが大事だ。ちなみにこれは、さっき言った算数オリンピックの予選大会で実際に出た問題。春太や津田さんと同じ5年生が解いてた問題なんだ」
「そうなんですか?」
「だから、津田さんもきっとわかるはず。……とはいえ、いきなりは難しいから一つ一つ説明していこうか」
天河先生がペンを持つ。
でもこんな文章から、何がわかるんだろうか。
「弘志兄ちゃ……先生の説明はすごいわかりやすいんだ。津田さんもすぐわかるようになるよ」
と、いつのまにか横に立っていた渋谷くんがすごく真剣な顔をしている。
――サッカーしているときの渋谷くんより、かっこいい……
「まず津田さん、一番勝ってないチームが優勝するっていう不思議なことが起こるとしたら、どんなときだと思う? ヒントはこの大会が勝ち点で競うものだってことだ」
勝ち点、というところを強調する天河先生。
……ああ、もしかして?
「引き分けでも勝ち点がもらえるから、引き分けをたくさんして、他のチームはちょっとだけ勝ったけどあとみんな負けた、みたいな」
「そうそうそのとおり。例えば、優勝チームは他のチームより、勝利数がギリギリ1だけ少なかったとしよう。勝利数が1少ない分の勝ち点を引き分けで補うには、引き分けはいくつ必要かな?」
そっか、それならわかる。
勝ったときの勝ち点は3、引き分けの勝ち点は1なんだから。
「3つ……だと同点になっちゃうから4つです」
「正解。でも実際には、優勝チームと引き分けた勝ち点1も他のチームに入っているから、プラス1で5つ必要なんだ」
天河先生はホワイトボードに色々図を書き始める。
「で、優勝チームの負けは無いにこしたことないので、まず優勝チームを◯勝0敗5引き分け、と考えよう。すると、2位のチームは(◯+1)勝▢敗1引き分けと表せる。この1引き分けは優勝チームとの引き分けだ」
「あれ、1だけ……?」
「ああ、ここで優勝チームが5引き分けなんだから、2位チームが5チームいることもわかるね」
「え、でも、それって、わかるんですか?」
確かに先生の説明はあってる……気がするが。
「大丈夫。先生は絶対間違えないから!」
横の渋谷くんが、こちらを向いて親指を立ててくる。
ものすごく得意げな表情で、わたしも思わずうんと言いそうになる。
渋谷くんのキリッとした目に曇りはない。
さわやか、という言葉がすごい似合う。
「絶対って言われると、プレッシャーになっちゃうんだけどな……まあ実際、津田さんの疑問もわかる。今は結構仮定を置きながらやってるからね。でも難しい問題を解くうえでは『仮にこうだとしたら』と考えることは大事なんだ」
へー……
算数でそんなの、考えたことあったかなあ。
というか、算数って感じがしない。
頭を使うのはわかるけど、学校のどの科目とも違うというか……
「問題に戻ろうか。ここまできたら、◯と▢に何が入るか知りたいよね。ひとまず、◯が0のときから考えてみよう」
えっと、◯が0ってことは、優勝チームは0勝0敗5引き分け、5つある2位チームが1勝▢敗1引き分けだから……?
「▢が、わからないと」
「▢は求められる。だって、どのチームも試合数は同じなんだから?」
ああ!
優勝チームの結果から、各チームは5試合やったことがわかるんだ!
ってことは、2位チームの結果から1+▢+1=5だから。
「2位チームは、1勝3敗1引き分けなんだ」
「で、それが5チームいると。さて、こんなことはありえるかな?」
「…………えっと、無理?」
うまく言えないけど、変だ。
勝ち越したチームがいないってのは、おかしい気がする。
「うん、変だよね。変って理由を、春太は言えるかな?」
「わかるぜ。勝ちの合計と負けの合計があってないからな」
そうか、言われてみれば。
全チームの勝ちの合計と、全チームの負けの合計は、同じ数じゃないとおかしい。だって引き分けじゃなかったら、必ずどっちかが勝ってどっちかが負けるんだから。
渋谷くん、頭いい。
「そうだ。試合数もわかってるから、他のチームもいない。1勝×5チームと、3敗×5チームは明らかに数が合わない。ということはこれはおかしい。だから、◯は0じゃないことがわかる」
本当だ。ヒントがあまり無いように見えたのに、わかっちゃった。
「じゃあ次に、◯は1だとしよう。この場合、優勝チームは1勝0敗5引き分け。2位チームは2勝▢敗1引き分け。だけど、この▢はもうわかるね」
「えーと、3」
1+5=2+▢+1ってことだ。さっきと同じ。
「正解。そして気をつけなきゃいけないのは、優勝チームに負けたチームが1つあるよね。2位チーム5つは優勝チームとは引き分けてるから違う」
あっ、◯の数が増えると全チーム数も増えるのか。
「つまり、7つ目のチームがあるということ。とはいえ、この7位チームの勝ちが多くてもまずい。だから7位チームは、(◯+1)勝(▢+1)敗0引き分けとしよう。今◯は1だとしていて、▢は3だから、2勝4敗0引き分けになる」
「それで、さっきみたいに勝ちの合計と負けの合計を比べれば良いんですね」
「おっ、津田さんもわかってきたみたいだね」
わかってきた……本当にわかってきた感じがする。
問題を見たときはなんじゃこりゃって感じだったのに。
「この場合、勝ちの合計は1+2×5+2=13。負けの合計は3×5+4=19。残念ながら合ってない」
ということは、◯が1でもない。
「じゃあ、◯は2?」
「試してみようか津田さん。◯が2のとき、優勝チームは2勝0敗5引き分け。2位チームが5つあって、3勝▢敗1引き分け。▢は?」
「2+5=3+▢+1だから、3」
「そのとおり。そして、7位チームが今回2つある。ここは3勝4敗0引き分け。あとは勝ちの合計と負けの合計を比べる。勝ちの合計は2+3×5+3×2=23だね」
「負けの合計は3×5+4×2=……あっ、23!」
一致した、これで問題ない!
「じゃあ最後にせっかくだから、勝敗表を書いてみようか。例えば、こういう場合がありえる」
先生が、ペンで手早く表を書いてくれる。
ABCDEFGH 勝ち点
優勝A △△△△△◯◯ 11
2位B △ ◯◯◯✕✕✕ 10
2位C △✕ ◯◯◯✕✕ 10
2位D △✕✕ ◯◯◯✕ 10
2位E △✕✕✕ ◯◯◯ 10
2位F △◯✕✕✕ ◯◯ 10
7位G ✕◯◯✕✕✕ ◯ 9
7位H ✕◯◯◯✕✕✕ 9
(勝ち……◯ 負け……✕ 引き分け……△)
「というわけで、チーム数は8つ、優勝チームは2勝0敗5引き分けが正解だ」
すごい、本当に答えが出てしまった。
「どうかな津田さん。算数オリンピックでは、こういう問題も出るんだ。あとは、嘘つきが誰かを当てる問題とか、ちょっとしたゲームをする問題も出たことあるよ」
「まあ普通に図形の辺の長さとか面積とかを求める問題もあるけどな。でもそういうやつも、なんかパズルみたいで楽しいぜ」
先生に続けて、渋谷くんがにこりと笑う。
渋谷くんがこういうのを楽しんでるのは、さっき先生の解説を聞いてるときの顔や仕草ですぐわかった。
この算数クラブで問題を解いているときは、いつもあんな、さわやかな顔なのだろうか。
ファンってほどじゃないけど、わたしにとっても渋谷くんは憧れの男子だ。
かっこよくて、サッカーが上手くて、頭も良い。運動音痴のわたしとは大違い。
そんな渋谷くんの、サッカーのときは見られない表情。
実はわたし、先生の解説を聞きながらちょっと見とれていたりしちゃってた。
――でも、渋谷くんがそれだけ楽しそうにやる理由も、少しわかった気がする。
普段の授業でやる算数とは、違うように感じた。
少なくとも、つまらない計算よりは、やってもいいかなって思える。
「……先生。算数クラブで勉強したら、普段のテストの成績も上がりますか?」
「上がると思うよ。算数オリンピックは小学生向けだから、もちろん小学校の算数で習うことの復習にもなるし、何より算数の考え方が身につく」
わたしの質問に、先生はペンでホワイトボードをコンコンと叩く。
「算数の考え方?」
「うん。さっきの問題の場合だと、『仮にこうだとしたら』を考えたり、あとは条件からわかることを整理できる力も必要になる。勝ち点から引き分けが5個必要になる、ってこととかね。こうした考え方は、テストの問題を解くときにも有効だし、中学や高校に行っても大事なことなんだ」
「それって、単純に頭が良くなるってことですか」
「ずいぶん単純にしたね……でもそう言っても良いよ。もしかしたら、理科とか、他の教科にも役立つかもしれない」
他の教科にまで。
授業では出ないような問題なのに、成績を上げるのにも役立つとは。
――それに、何もないところからいろんなものがわかっていくさっきの問題は、ちょっと面白かった。先生の解説もわかりやすかったし。
「どう、津田さん。俺も1人より、一緒にやる人いたほうが楽しいからさ」
「……でも、わたし、いきなりオリンピックは」
「大丈夫。さっきも言ったけど、参加を強制はしないから。次回の参加申込はまだまだ先だから、それまでに算数オリンピックの過去問とかを解いて、その気になったらで良いよ。春太も、あんまりしつこくは言わないように」
「はーい」
渋谷くん、素直に返事。なんか天河先生と渋谷くん、とても仲が良い。
「とはいえ先生も、できれば津田さんに挑戦してみてほしいと思ってる。本家のオリンピックじゃないけど、参加するだけでも価値があるからね。どうかな? 算数クラブ、入る? まずは体験入部で良いから」
――普段のテストとは全然違う、パズルみたいな面白い問題。
でも、解けば普段の成績アップにもつながる。
学校で算数クラブに入ったことを話せば、お母さんから塾に入るよう言われることもなくなるだろう。
それに、憧れの渋谷くんの、あんなに楽しそうな真剣でかっこいい顔。
あれも、もっと見たい。
「わかりました。とりあえず、体験入部ということで、よろしくお願いします」
こうして、わたしは放課後算数クラブのメンバーになった。
いったいこの先、どんな問題が出てくるのだろう?


