静かなる、恋の包囲網

「もう少し詳しく知りたいですか?」

穏やかにうっすら微笑みさえ浮かべて尋ねる辻本だが、瞳の奥は笑ってはいない。
直属の上司から他人の個人情報を聞き出そうとしたことを辻本は軽蔑しているのだと、塔子は感じた。だからこそ、これ以上話を続けるべきではないと思った。

「もう、結構です」
「そうですか。あなたが他の社員のプライバシーにこれ以上興味を持っているようなら注意しないといけないと思っていたのですが、安心しました」

やはり、真面目な秘書課長である辻本は不快に感じていたようだ。

「すみませんでした」

塔子は自分の行動を後悔し、辻本に頭を下げた。

秘書課は社内でも重要な情報が集まる場所だけに、そこに勤務する人間は高い倫理観と情報管理が求められる。
その気になれば重役クラスでなければ知り得ない情報を垣間見ることになるのだから、当然のことかもしれない。
もちろん塔子も含め、秘書課の人間は常にその意識を持っている。
今回は、後輩として自分を慕ってくれている杏のことだけについ口に出してしまったが、やはり軽率な行動だった。

「今時、上層部の力で採用が決まるなんて、時代錯誤だと思います」
「そう、ですね」

ボソリと呟かれた辻本の言葉に、少しだけ暗い影が見えた。
縁故採用に対して秘書課長である辻本はいい感情を持っていないようだ。
ただ、塔子は自分の人事も誰かの力で決まったのではないかと思えて、他人事ではない気持ちになった。
そして、これ以上詮索するのはやめようと決めた。