静かなる、恋の包囲網

その日の夕方、残業をしてから会社を出ようとした塔子。
すると突然、後ろから肩を叩かれた。

「きゃー」

塔子にしては珍しく声が出てしまった。

「驚かせて、すみません」

とっさに振り向いた塔子に申し訳なさそうに頭を下げるのは、秘書課長の辻本だった。

「田所さんの元気がないように見えたものだから。声もかけましたが・・・」
「いいえ。私こそ、すみません」

相手に悪気がないのはわかっているが、最近塔子の周辺で不可解なことが続いているため、疑心暗鬼になっていた。

「今、帰りですか?」
「ええ」
「遅くまでお疲れ様です」
「そんな、課長こそお疲れ様です」

秘書課長の辻本は、30代になったばかりで、秘書課長への就任も異例のスピード出世だったと聞いた。
頭が切れて仕事も早いため重役たちからも全幅の信頼を得ている。あまり感情を表に出さない分近づきがたい印象はあるが、見た目も良く仕事のできるエリートサラリーマンであることに間違いはない。
そんな課長も今回の件では奔走しており、いつも遅くまで残っている。
今日はたまたま残業になってしまった塔子と退社が重なったようだ。

「ずいぶん思い詰めているようですが、何かありましたか?」
「いえ…」

塔子はふと課長なら杏の素性を知っているんじゃないかと思った。
秘書課の先輩たちに尋ねて妙な勘ぐりを受けるのも嫌だったため避けていたが、口の硬い秘書課長なら聞けるかもしれないと考えた。