静かなる、恋の包囲網

その後秘書室のデスクに戻ってからも、塔子は悶々とした気持ちでいた。
必死で平常心を保ち何とか業務はこなしたものの、頭に浮かぶのは杏の顔と聞こえてきた2人の声。

―――そういえば、杏ちゃんは縁故入社だと聞いた気がするわ。

あまり人のことを詮索するのが好きでない塔子は忘れていたが、確か杏が入社してきたときに、そんな噂を聞いた気がする。
日本最大手の総合商社であるタカミヤホールディングスは毎年数人の縁故入社枠があるらしい。
それがどんな基準で誰が決めるのかもわからないが、いい所の令嬢や大金持ちのお嬢様が選ばれるそうだ。
もしかしたら杏も、そんな一人なのかもしれない。

「田所さん、どうかしましたか?」

珍しくボーっとしてしまった塔子に、秘書課長が声をかけてきた。

「いいえ、なんでもありません」

返事をして再び仕事に集中しようとする塔子だったが、やはり心中は穏やかではなかった。