静かなる、恋の包囲網

それからしばらくして、塔子は副社長室に入った。
そこには、雄平の姿も杏らしき女性の姿もなかった。
ただ、部屋に入った瞬間に感じた残り香は、総務課時代杏が使っていた香水と同じもの。
信じたくないとは思いながら、数分前までここに杏がいたのだと、塔子は実感した。

正直あまりの衝撃に、杏と雄平の会話の内容についての記憶はない。
一介の総務課職員である杏がなぜここにいたのか、理由は見当もつかない。
ただ1つ言えるのは、自分の知らないところで、杏と雄平が知り合いだったこと。
そして、おそらく二人には秘密がある。
学生時代から憧れ続け、今同じマンションに暮らす雄平に親しい女性がいることがショックでなかったと言えば嘘になるが、塔子にはその相手が杏かもしれないことの方が数倍衝撃だった。
普段からあまり社交的ではなく友達の少ない塔子が、職場で唯一心を許し、かわいい後輩と思っていた杏に裏切られたショックは大きかった。