静かなる、恋の包囲網

「ただいま」
「お帰りなさい」

雄平が帰宅したのは日付が変わった後だった。
疲れのにじむその顔を見て、色々と話をしようと思っていた塔子の言葉が止まる。

「お疲れ様。何か食べますか?」
「そうだなぁ、お茶漬けをもらおうか」

きっと遅くまで仕事をしていたのだろう。 疲れきった表情の雄平を見て、塔子も心が痛む。

「じゃあ、準備をしてきますね」

静かに立ち上がるとキッチンへと向かう塔子の背中に雄平の声がかかった。

「すまないが、しばらく辛抱してほしい。君のことは俺が絶対に守るから。落ち着くまではなかなか帰ってこれないかもしれないが、俺の事は気にせず先に休んでくれたらいい」

誰よりも窮地に立たされているはずの雄平が自分を気遣ってくれることに、塔子は申し訳なさを感じた。
本来なら自分が雄平を守りたいと思いながらも、逆に負担になっているのかもしれないと思えた。

「私は大丈夫ですから、副社長も、無理はしないでください」
「ああ、わかった。ただ・・・家の中では名前で呼んでもらえないか?家まで役職と呼ばれると、気持ちが休まらない」
「はあ・・・」

確かにそうだなと思いながらも、今まで雄平のことを呼ぶ機会がなかったことに塔子は気がついた。
直接呼び合うことへの照れもあり「あの」や「すみません」と声をかけていた。

「では、かんば」
「苗字はダメだぞ。やはり会社にいるような気になる」
「じゃあ・・・」

困ったなぁと塔子は考え込んだ。

「雄平でいいよ。俺たちは同い年だから、遠慮する必要もない。俺は塔子と呼ぶから」

もちろん驚いたし、名前で呼ぶことに恥ずかしさはあるが、雄平の言葉にはなぜか説得力があった。

「わかりました。家では雄平さんと呼びます」

塔子にも、そう呼ぶのが自然なのかもしれないと思えた。