静かなる、恋の包囲網

現れたのは50代後半に見える男性。
少し着古した感のある上着に地味目のズボン。みすぼらしいとまでは言わないが、疲れた感じのする中年男性だった。
そして、その顔には見覚えがあって、塔子は息が止まりそうになった。

「久しぶりだな」
懐かしそうに塔子を見る男性。

「お父さん」
「覚えていてくれたのか」

たとえ十数年経ったとしても、自分の親を忘れるはずはない。
そう思いながらも、塔子は言葉に出せなかった。
父に会うのはあの日の夜以来で、東京に住んでいるとか、大阪で働いているとか、中にはホームレスとして道端で暮らしているなんて本当か嘘かもわからない噂を聞くこともあった。
塔子はあえてその真偽を確かめようとはしなかった。
塔子にとって、父親は既に過去の人だった。