静かなる、恋の包囲網

「それで、今日は仕事に行くんですか?」
「もちろん、そのつもりよ」

昨日のことで周囲から注目されているのは塔子にもわかっている。
情報漏洩の疑いをかけられ、社員としての職務権限を制限されている状況の中で、辻本からも数日間は休んでも構わないと言われた。
塔子自身、会社に行ったところでどれだけの仕事ができるかもわからず、いっそ休んでしまったほうが良いのではないかと思わなくもない。
だが、それでは塔子を貶めようとしている人間の思惑に乗ってしまうようで悔しかった。
だから塔子は普通に出社することにした。

「あの…塔子さん」

声をかけられ顔を上げると、杏が真剣な表情で塔子を見つめている。

「何、どうしたの?」
「これ、私のUSBとパスワードです」
「え?」

差し出されたのは1つのUSBと、紙にメモ書きされたパスワードだった。
タカミヤホールディングスでは社員1人ずつが個別の社員IDとパスワードを持ち、それを使って社内共有システムにログインする。
また、社内情報の不正持ち出しを防ぐため、社員1人ずつに公用のUSBが与えられている。記録をたどれば、誰がどんな情報を持ち出したのかがわかるようになっているのだ。

「私が縁故入社なのは知っていますよね?」
「ええ」

何年も一緒に仕事をしてきてその話題に触れられたことはなかったが、知ってはいる。

「これは個人的にもらっているUSBです。だから秘密のUSBなんです」
「へぇ…」

そんなものが存在するなんて、塔子は知らなかった。

「塔子さんのIDに制限がかかってるって聞きました。だから、よかったら使ってください」
「杏ちゃん…ありがとう」

そんなことをすれば杏に迷惑がかかるのではと心配になりながらも、今はそのことを気遣っている余裕がない。
とにかく情報を得て自分の潔白を証明することが最優先だと割り切り、塔子はUSBを受け取った。