静かなる、恋の包囲網

「塔子さん、夕食あり合わせですけどいいですか?」

いつの間にか部屋着に着替えていた杏が、トレーに載せたパスタとサラダを持って現れた。

「わー、すごいわね」

マンションに到着してからわずか10分ほどしかたっておらず、夕食を準備する時間はなかったはずなのにと塔子は驚いた。

「パスタを茹でて、作り置きしていたソースを温めただけです。サラダのドレッシングは母の手作りなので、おいしいと思いますよ」

そういえば、杏は普段から食べ物の好みが割と細かい。
出来合いのソースやインスタントのものを好まないし、誰が作ったのかわからないコンビニのおにぎりを食べるのが苦手だと言っていたのを塔子は思い出した。

「杏ちゃんって、やっぱりお嬢様なのね」

深い意味もなく出た言葉。
どちらかと言うと褒め言葉で、「うらやましいわ」の意味を込めていた。
しかし次の瞬間、杏の表情が曇った。

「好き好んでそうなったわけじゃありませんけれどね」

苦労をせずに生きてこられたことをうらやましいと感じて口にした言葉だったが、杏を傷つけることになってしまったと気づき、塔子はハッとした。
塔子にとってもそうであるように、杏にとって家族の話題は触れられたくない部分のようだ。

「…ごめんなさい、悪気はないの」
「いいんです、わかっていますから。それに、お金に苦労することなく育ててもらったのは事実ですから。ただ、あまり仲のいい両親ではなかったので…」
「そう、杏ちゃんも大変だったのね」

それ以上杏は自分のことを語ろうとはせず、塔子の方も無理に聞き出すことはしなかった。
ただ杏の用意してくれた食事をテーブルに並べ、2人は静かにグラスを重ねた。