静かなる、恋の包囲網

「すみません、お先に失礼します」

小さな声で告げ、頭を下げた塔子に返事を返す者はいない。おそらく この状況でかける言葉などないのだろう。
塔子に帰宅を勧めた辻本の言葉は上司としての気遣いだったのかもしれないが、今の塔子には、冷酷な死刑宣告のように聞こえた。

―――悔しい。

気丈に振る舞いながらも、気を許すとこみ上げてくる涙を、塔子は必死に抑えていた。 秘書室を出て、長い廊下を通りエレベーターを乗り継いで外に出るまでの時間がこんなに長く感じた事はない。 日中の勤務時間内だけに多くの社員とすれ違ったが、誰も塔子に声をかける人間はいなかった。