玄関のチャイムが鳴ると、リンが一目散に走っていく。
「リン、ただいま。いい子にしてたか?」
四日ぶりの修との再会に、尻尾をこれでもかと振りながら甘えている。
「おかえり。ペットホテルでは問題なくいい子で過ごしてたって」
玲奈は空港からの帰りにペットホテルへリンを迎えに行った。
初めてのペットホテルでの預かりに二人とも心配したが、玲奈の出迎えに元気よく飛びついてくれた。
「ただいま、玲奈さん。いいペットホテルで良かったな、リン」
事務所の先輩である園田雅人も犬を飼っているので、修が相談したら、今回のペットホテルを紹介してくれたのだ。
「何か軽く食べる?うどんでもしようかな、と思ってたんだけど」
リンは修に抱っこされたまま、離れようとしない。
「玲奈さんも疲れてるだろうし、無理しなくていいよ」
「私たちは遊びに行っただけだから、ぜんぜん疲れてないよ。あんな豪華なヴィラでリフレッシュさせてもらったから」
そう言いながら玲奈はキッチンに立った。
「リフレッシュできたなら良かった」
修はリンを床に降ろし、ほほ笑んだ。
玲奈はキッチン横のカウンターにうどんの器を二つ置く。
二人は並んで座って食べた。
「最終日の撮影でさ、タクミと真那斗と俺の三人で海に入って遊ぶシーンを撮っただんだけど、終わってからタクミと、昨日玲奈さんとプールで遊んだ続きみたいだよなって話してたんだ」
「そうなんだ。じゃあ、修とタクミくんは前日に予行演習ができたって感じ?」
玲奈は三人でプールで遊んだ時のことを思い出して、クスっと笑った。
今思い返せば、年甲斐もなく若者二人とはしゃいでしまった。
「そうだね。予行演習のおかげか分かんないけど、いい表情が撮れたって監督も満足そうだったよ」
玲奈は笑顔で相槌を打ったが、プールで遊んだ時に見た素の表情の修は、自分だけが見てみたいと思ってしまった。
(何考えてるの…私…)
玲奈は何かを誤魔化すように水を飲んだ。
食べ終わった修は、スーツケースを開けて紙袋を取り出した。
「玲奈さん、バリのお土産買った?」
「お菓子はいくつか買ったけど」
「はい、これ」
そう言って修が袋から出したのは、木でできた置物だった。
胴の長いネコがベンチの形になっていて、その上に緑のカエルが二匹、ちょこんと座っている。
「なにこれー、可愛い」
ネコとカエルの組み合わせも面白いが、ネコは優しく微笑んでおり、カエルの笑顔は少しコミカルに作られている。
見てるだけでほっこりできる、癒しアイテムになりそうだ。
「ここに飾っていい?」
玲奈はテレビ台を指さす。
「いいよ。せっかくだからバリの思い出になるようなものが欲しいな、と思って」
玲奈はテレビ台に置物を飾り、カエルの頭を撫でた。
リンもやってきて、鼻を近づけている。
「玲奈さんと一緒に買い物行けたら良かったんだけどね」
修も玲奈の隣にやってきた。
玲奈はまたドキリとする。
バリで二人で見た夕日を思い出し、顔が熱くなってきた。
(落ち着いて…平常心、平常心)
玲奈は自分に言い聞かせる。
そう言えば、修が帰ったらマンション前に居たの女性のことを話そうと思っていたのだが。
バリでの楽しかった雰囲気をもう少し味わっていたくて、「また落ち着いたら言おう」と、玲奈は言葉を飲み込んだ。
「おい、修。本番中にぼーっとするなよ」
修はサワの言葉にハッとした。
すかさずタクミが「この子、だいだいぼーっとしてるんで」と続ける。
それを聞いてベテラン司会者が、修を指さして言った。
「俺、いちおうベテランなんだけど。君、大物になるよ」
スタジオ中に笑いが起こる。
今日の仕事は五人でトーク番組の収録だ。
(あぶねー、マジで集中しないと)
修はフォローしてくれたサワとタクミにそっと目配せする。
二人も「分かってるよ」という顔をしている。
その後はなんとか集中し、無事収録を終えた。
「修、大丈夫か?」
楽屋に戻るとタクミが修の肩に手を置く。
「フォローありがと。みんなも、集中できてなくて、ごめん」
修は四人に向かって頭を下げた。
「収録前にあんな予期せぬ再会があったら、動揺するよ」
アッキーはそう言ってペットボトルの水を差し出した。
修は一気に飲む。
ひどく喉が渇いていたことに気付いた。
朝、収録のためにテレビ局に入った修は、廊下ですれ違い様に声をかけられた。
「久しぶり」
黒のジャケットに黒のタイトなロングスカート、耳下に切りそろえらえた艶のある黒髪。
三年前とあまりにも雰囲気が変わっていたので、一瞬誰だか分らなかった。
「マリエ?」
メンバーの四人もマリエを見て目を丸くしている。
「今度ドラマに出ることになったの。撮影はまだなんだけど、日本のテレビ局久しぶりだから、見学とか挨拶回りとか、いろいろ、ね」
マリエは修の後にメンバー四人を一通り見て、微笑んだ。
「そうなんだ…」
背中から汗が出てきた。
「またお芝居で共演できたら、いいね」
マリエは修を見て微笑んでから、廊下を歩いて行った。
「彼女、今は台湾の事務所に所属しながら、最近日本での仕事を始めたみたい」
サワはマネージャーの土居に電話して聞いてくれていたようだ。
「逆輸入のパターンってやつね」
マナティは楽屋に置いてあるチョコレートを一個、口に放り込んだ。
「雰囲気だいぶ変わってたよな」
タクミもお菓子に手を伸ばした。
「土居さんも彼女が日本で活動することは把握してたみたいだし。ま、大丈夫でしょ」
サワはそう言った後、荷物を持って「お疲れ」と楽屋を出て行った。
次のラジオの仕事が入っている。
「そうだな、もう三年前のことだし。あんま気にすんなよ、修」
タクミの言葉に、修はまだ浮かない顔で小さく頷いた。
「暑くなってきた」
修は持っていた箸を置き、パーカーを脱いだ。
昨日、仕事から帰った修は明らかに疲れた顔をしており、食事は軽く済ませ、早々に部屋に入ってしまった。
今日は体が温まって栄養もある豆乳鍋を作ってみたら、箸が進んでいる。
「やっぱり冬は鍋だね」
玲奈の顔もほんのり赤い。
修は、いつも通りの笑顔を向けてくれる玲奈をそっと見る。
昨日は色々考え込んでしまって、少しそっけない態度を取ってしまったが、玲奈は何も聞かずこうして美味しい料理を作ってくれた。
玲奈とプロ彼女契約を結んでもうすぐ半年。
基本、自分のペースに合わせてくれるし、余計なことは聞いてこない。
Grand-Blueのスケジュールを完璧に把握していて、肝心な時には起こしてくれるし、時間がある日はそっとしてくれる。
リンの世話もよくしてくれるし、タクミの食事まで作ってくれている。
本当に土居さんは良い人を見つけてくれたと、実感している。
ただ、その一方で思うのが、契約したプロ彼女とは言え、自分は玲奈に何をしてあげただろうか。
動揺した気持ちを自宅に持ち込んで玲奈に心配をかけていることが、まだまだ子どもだな、と思った。
「玲奈さん、これ洗うよ」
食洗器に食器を入れている玲奈の隣で、修は土鍋を洗う。
「あ、うん。ありがとう」
玲奈は手早くゴミの処理に取り掛かる。
修は鍋を洗う手を止めずに、努めて平常心を心掛けて言った。
「明日の仕事午後からだから、今からドライブしよっか」
玲奈は手を止め、少し驚いたような表情をした。
四十分ほど車を走らせて着いたのは、空港近くの海沿いの公園だった。
車を降りると冬の冷たい空気が顔に当たる。
「うわっ」
ゴーっと大きな音がして、着陸する飛行機が二人の頭上を通り過ぎていく。
「飛行機、こんなに近くで見られるんだね」
玲奈はマフラーをしっかりと巻いた。
吐く息が白い。
「スカイツリーも見えるよ」
修が指さした先には、青くライトアップされたスカイツリーと、奥にレインボーブリッジも見えた。
冬の夜空は空気が澄んでいて、東京の夜景が一段と輝いている。
「ここもよく来るの?」
「子どもの頃よく親に連れてきてもらったんだ。飛行機見るのが好きで」
玲奈は、小さな修が飛行機を見上げている姿を想像して、ふっと笑顔になる。
「昔は昼間に来てたけど、夜はこんなに夜景が綺麗なんだな」
修は海の方を見て言った。
「気分転換になったみたいね」
玲奈は修の顔を覗き込むように言った。
修は思わずドキリとする。
歌、ダンス、演技、テレビ、ラジオ、雑誌、SNS。
日々様々な仕事をこなしているが、気を抜ける時間も場所も少ないのが芸能人だ。
そんな数少ない気を抜ける場所の一つである自宅を、リフレッシュできる場にすることが自分の仕事だと、玲奈は考えている。
修はダウンのフードを被った。
「玲奈さんに聞きたいことがあって」
「なに?」
玲奈はまた近づいてきた飛行機を見た。
「タクミとはこれから、どうしていこうと思ってる?」
「え? どうしていこうって…あ、タクミくんとの契約のこと?」
玲奈は少し身構えた。また修から何かルールを出されるのだろうか。
「うん…まあ、契約っていうか…今後どうするかとか、二人で話したりしてるの?」
「特には話してないかな。タクミくんも忙しくて、ひたすら食事届けてるだけだし」
修は「そうなんだ」と言った後、フードの端を両手で掴んで、上目遣いに玲奈を見た。
玲奈は少し首をかしげて次の修の言葉を待っているようだった。
「寒くなってきたし、そろそろ帰ろうか」
修は駐車場に向かって歩き出した。
(あー、いつも俺は肝心なことが聞けない…)
その時玲奈のスマホが鳴った。
玲奈は画面を見て固まっている。
「どうしたの?」
「知らない番号だし、いいや」
玲奈はそう言ってスマホをポケットに入れた。
しばらく鳴った後、音は止まった。
二人は車に乗り込む。
「リンも行きたそうにしてたし、帰ったら玄関で待ってるかも」
また玲奈のスマホが鳴った。
玲奈は画面の番号を見て何か考えているようだ。
「話したら?俺、待ってるし」
「ごめん。すぐに終わらせるから」
玲奈はそう言ってスマホをタップし、静かな声で「もしもし」と電話に出た。
そして、車を降りてドアを閉める。
その姿を見て、修は小さくため息をつく。
電話の向こうから聞こえたのは、「玲奈」と呼ぶ男の声だった。
「リン、ただいま。いい子にしてたか?」
四日ぶりの修との再会に、尻尾をこれでもかと振りながら甘えている。
「おかえり。ペットホテルでは問題なくいい子で過ごしてたって」
玲奈は空港からの帰りにペットホテルへリンを迎えに行った。
初めてのペットホテルでの預かりに二人とも心配したが、玲奈の出迎えに元気よく飛びついてくれた。
「ただいま、玲奈さん。いいペットホテルで良かったな、リン」
事務所の先輩である園田雅人も犬を飼っているので、修が相談したら、今回のペットホテルを紹介してくれたのだ。
「何か軽く食べる?うどんでもしようかな、と思ってたんだけど」
リンは修に抱っこされたまま、離れようとしない。
「玲奈さんも疲れてるだろうし、無理しなくていいよ」
「私たちは遊びに行っただけだから、ぜんぜん疲れてないよ。あんな豪華なヴィラでリフレッシュさせてもらったから」
そう言いながら玲奈はキッチンに立った。
「リフレッシュできたなら良かった」
修はリンを床に降ろし、ほほ笑んだ。
玲奈はキッチン横のカウンターにうどんの器を二つ置く。
二人は並んで座って食べた。
「最終日の撮影でさ、タクミと真那斗と俺の三人で海に入って遊ぶシーンを撮っただんだけど、終わってからタクミと、昨日玲奈さんとプールで遊んだ続きみたいだよなって話してたんだ」
「そうなんだ。じゃあ、修とタクミくんは前日に予行演習ができたって感じ?」
玲奈は三人でプールで遊んだ時のことを思い出して、クスっと笑った。
今思い返せば、年甲斐もなく若者二人とはしゃいでしまった。
「そうだね。予行演習のおかげか分かんないけど、いい表情が撮れたって監督も満足そうだったよ」
玲奈は笑顔で相槌を打ったが、プールで遊んだ時に見た素の表情の修は、自分だけが見てみたいと思ってしまった。
(何考えてるの…私…)
玲奈は何かを誤魔化すように水を飲んだ。
食べ終わった修は、スーツケースを開けて紙袋を取り出した。
「玲奈さん、バリのお土産買った?」
「お菓子はいくつか買ったけど」
「はい、これ」
そう言って修が袋から出したのは、木でできた置物だった。
胴の長いネコがベンチの形になっていて、その上に緑のカエルが二匹、ちょこんと座っている。
「なにこれー、可愛い」
ネコとカエルの組み合わせも面白いが、ネコは優しく微笑んでおり、カエルの笑顔は少しコミカルに作られている。
見てるだけでほっこりできる、癒しアイテムになりそうだ。
「ここに飾っていい?」
玲奈はテレビ台を指さす。
「いいよ。せっかくだからバリの思い出になるようなものが欲しいな、と思って」
玲奈はテレビ台に置物を飾り、カエルの頭を撫でた。
リンもやってきて、鼻を近づけている。
「玲奈さんと一緒に買い物行けたら良かったんだけどね」
修も玲奈の隣にやってきた。
玲奈はまたドキリとする。
バリで二人で見た夕日を思い出し、顔が熱くなってきた。
(落ち着いて…平常心、平常心)
玲奈は自分に言い聞かせる。
そう言えば、修が帰ったらマンション前に居たの女性のことを話そうと思っていたのだが。
バリでの楽しかった雰囲気をもう少し味わっていたくて、「また落ち着いたら言おう」と、玲奈は言葉を飲み込んだ。
「おい、修。本番中にぼーっとするなよ」
修はサワの言葉にハッとした。
すかさずタクミが「この子、だいだいぼーっとしてるんで」と続ける。
それを聞いてベテラン司会者が、修を指さして言った。
「俺、いちおうベテランなんだけど。君、大物になるよ」
スタジオ中に笑いが起こる。
今日の仕事は五人でトーク番組の収録だ。
(あぶねー、マジで集中しないと)
修はフォローしてくれたサワとタクミにそっと目配せする。
二人も「分かってるよ」という顔をしている。
その後はなんとか集中し、無事収録を終えた。
「修、大丈夫か?」
楽屋に戻るとタクミが修の肩に手を置く。
「フォローありがと。みんなも、集中できてなくて、ごめん」
修は四人に向かって頭を下げた。
「収録前にあんな予期せぬ再会があったら、動揺するよ」
アッキーはそう言ってペットボトルの水を差し出した。
修は一気に飲む。
ひどく喉が渇いていたことに気付いた。
朝、収録のためにテレビ局に入った修は、廊下ですれ違い様に声をかけられた。
「久しぶり」
黒のジャケットに黒のタイトなロングスカート、耳下に切りそろえらえた艶のある黒髪。
三年前とあまりにも雰囲気が変わっていたので、一瞬誰だか分らなかった。
「マリエ?」
メンバーの四人もマリエを見て目を丸くしている。
「今度ドラマに出ることになったの。撮影はまだなんだけど、日本のテレビ局久しぶりだから、見学とか挨拶回りとか、いろいろ、ね」
マリエは修の後にメンバー四人を一通り見て、微笑んだ。
「そうなんだ…」
背中から汗が出てきた。
「またお芝居で共演できたら、いいね」
マリエは修を見て微笑んでから、廊下を歩いて行った。
「彼女、今は台湾の事務所に所属しながら、最近日本での仕事を始めたみたい」
サワはマネージャーの土居に電話して聞いてくれていたようだ。
「逆輸入のパターンってやつね」
マナティは楽屋に置いてあるチョコレートを一個、口に放り込んだ。
「雰囲気だいぶ変わってたよな」
タクミもお菓子に手を伸ばした。
「土居さんも彼女が日本で活動することは把握してたみたいだし。ま、大丈夫でしょ」
サワはそう言った後、荷物を持って「お疲れ」と楽屋を出て行った。
次のラジオの仕事が入っている。
「そうだな、もう三年前のことだし。あんま気にすんなよ、修」
タクミの言葉に、修はまだ浮かない顔で小さく頷いた。
「暑くなってきた」
修は持っていた箸を置き、パーカーを脱いだ。
昨日、仕事から帰った修は明らかに疲れた顔をしており、食事は軽く済ませ、早々に部屋に入ってしまった。
今日は体が温まって栄養もある豆乳鍋を作ってみたら、箸が進んでいる。
「やっぱり冬は鍋だね」
玲奈の顔もほんのり赤い。
修は、いつも通りの笑顔を向けてくれる玲奈をそっと見る。
昨日は色々考え込んでしまって、少しそっけない態度を取ってしまったが、玲奈は何も聞かずこうして美味しい料理を作ってくれた。
玲奈とプロ彼女契約を結んでもうすぐ半年。
基本、自分のペースに合わせてくれるし、余計なことは聞いてこない。
Grand-Blueのスケジュールを完璧に把握していて、肝心な時には起こしてくれるし、時間がある日はそっとしてくれる。
リンの世話もよくしてくれるし、タクミの食事まで作ってくれている。
本当に土居さんは良い人を見つけてくれたと、実感している。
ただ、その一方で思うのが、契約したプロ彼女とは言え、自分は玲奈に何をしてあげただろうか。
動揺した気持ちを自宅に持ち込んで玲奈に心配をかけていることが、まだまだ子どもだな、と思った。
「玲奈さん、これ洗うよ」
食洗器に食器を入れている玲奈の隣で、修は土鍋を洗う。
「あ、うん。ありがとう」
玲奈は手早くゴミの処理に取り掛かる。
修は鍋を洗う手を止めずに、努めて平常心を心掛けて言った。
「明日の仕事午後からだから、今からドライブしよっか」
玲奈は手を止め、少し驚いたような表情をした。
四十分ほど車を走らせて着いたのは、空港近くの海沿いの公園だった。
車を降りると冬の冷たい空気が顔に当たる。
「うわっ」
ゴーっと大きな音がして、着陸する飛行機が二人の頭上を通り過ぎていく。
「飛行機、こんなに近くで見られるんだね」
玲奈はマフラーをしっかりと巻いた。
吐く息が白い。
「スカイツリーも見えるよ」
修が指さした先には、青くライトアップされたスカイツリーと、奥にレインボーブリッジも見えた。
冬の夜空は空気が澄んでいて、東京の夜景が一段と輝いている。
「ここもよく来るの?」
「子どもの頃よく親に連れてきてもらったんだ。飛行機見るのが好きで」
玲奈は、小さな修が飛行機を見上げている姿を想像して、ふっと笑顔になる。
「昔は昼間に来てたけど、夜はこんなに夜景が綺麗なんだな」
修は海の方を見て言った。
「気分転換になったみたいね」
玲奈は修の顔を覗き込むように言った。
修は思わずドキリとする。
歌、ダンス、演技、テレビ、ラジオ、雑誌、SNS。
日々様々な仕事をこなしているが、気を抜ける時間も場所も少ないのが芸能人だ。
そんな数少ない気を抜ける場所の一つである自宅を、リフレッシュできる場にすることが自分の仕事だと、玲奈は考えている。
修はダウンのフードを被った。
「玲奈さんに聞きたいことがあって」
「なに?」
玲奈はまた近づいてきた飛行機を見た。
「タクミとはこれから、どうしていこうと思ってる?」
「え? どうしていこうって…あ、タクミくんとの契約のこと?」
玲奈は少し身構えた。また修から何かルールを出されるのだろうか。
「うん…まあ、契約っていうか…今後どうするかとか、二人で話したりしてるの?」
「特には話してないかな。タクミくんも忙しくて、ひたすら食事届けてるだけだし」
修は「そうなんだ」と言った後、フードの端を両手で掴んで、上目遣いに玲奈を見た。
玲奈は少し首をかしげて次の修の言葉を待っているようだった。
「寒くなってきたし、そろそろ帰ろうか」
修は駐車場に向かって歩き出した。
(あー、いつも俺は肝心なことが聞けない…)
その時玲奈のスマホが鳴った。
玲奈は画面を見て固まっている。
「どうしたの?」
「知らない番号だし、いいや」
玲奈はそう言ってスマホをポケットに入れた。
しばらく鳴った後、音は止まった。
二人は車に乗り込む。
「リンも行きたそうにしてたし、帰ったら玄関で待ってるかも」
また玲奈のスマホが鳴った。
玲奈は画面の番号を見て何か考えているようだ。
「話したら?俺、待ってるし」
「ごめん。すぐに終わらせるから」
玲奈はそう言ってスマホをタップし、静かな声で「もしもし」と電話に出た。
そして、車を降りてドアを閉める。
その姿を見て、修は小さくため息をつく。
電話の向こうから聞こえたのは、「玲奈」と呼ぶ男の声だった。

