その求人欄からアクセスすると、数日後、担当者から「お会いしたい」と連絡が入った。
面接の場所は、青山の裏通りの住宅街にある古めの喫茶店だった。
やって来たのは四十代の男性二人で、いきなり二人体制で来られたことに、玲奈は戸惑った。
「転職サイトに既に登録済かとは思いますが、改めて、梅田さんのプロフィールを教えていただけますか?」
二人のうち、カジュアルなジャケット姿の男性が穏やかな笑みを向ける。
もう一人のきっちりしたスーツに眼鏡をかけたほうは、表情を変えずに黙ったままだ。
玲奈は一息置いて、転職サイトに入力した内容を思い出し、自己紹介した。
「秘書の仕事のどんなところに魅力を感じておられますか?」
ジャケットの人が尋ねた。
「はい。スケジュール管理などの調整業務が元々好き、というものありますが、サポートさせて頂く方にとって何が最適かを調べて見極め、それで円滑に業務が進むこと、相手の方が気持ちよくお仕事されることに喜びを感じるようになりました」
玲奈ははっきりとした声でスラスラと答えた。
自分でもこんなにすんなり言葉が出てきたことに少し驚ろく。
入社面接時よりはるかに成長したな、と自分を誉めたいくらいだった。
男性二人はお互いの顔を見合わせ、それぞれ名刺を出してテーブルの上に置いた。
そう言えば、もうコーヒーが運ばれているのに、名刺をまだ頂いていなかった。
(ん…?)
ジャケットの人の名刺には「株式会社ショータイム Grand-Blueマネージャー 土居 健介」と書かれており、眼鏡の方は「株式会社ショータイム顧問弁護士 御子柴 久志」とある。
マネージャー?
顧問弁護士?
玲奈は名刺と男性の顔を何度も交互に見る。
顧問弁護士が口を開いた。
「自己紹介が遅くなり申し訳ございません。私は、大手芸能事務所であるショータイム社の顧問弁護士を務めております、御子柴と申します」
「私は、アイドルグループGrand-Blueのマネージャーをしております、土居と申します。転職サイトの担当者と偽るようなことをして、すみません」
土居はこう続けて、玲奈に頭を下げた。
(アイドルグループの…Grand-Blue?)
アイドルグループに詳しくない玲奈でも知っている。
Grand-Blueは人気急上昇の男性五人組アイドルグループで、去年あたりからテレビ、雑誌、ネットなど、あらゆるメディアで目にするようになった。
ライブのチケットもなかなか取れないと聞いたことがある。
(なるほど)
玲奈は納得し、二人に尋ねた。
「芸能事務所であるショータイム社の秘書業務の求人、ということですね?」
御子柴が首を横に振った。
「ショータイム社の求人には違いないのですが、あなたを、Grand-Blueのメンバーである北浜修のプロ彼女として採用させてください」
「…プロ、彼女…?」
この弁護士は真面目な顔をして何を言っているのだろう。
明らかに不審がっている玲奈の顔を見て、土居が優しい笑顔で話し始めた。
「Grand-Blueのメンバーは二十歳から二十五歳までの青年達で、恋愛して彼女を作りたい年ごろです。ですが、我が社は、アイドルグループの恋愛を一切表に出さないことを売りにしています」
確かに、この会社に所属するアイドルグループは、女性関係のことを一切口にしないことで有名だ。
事務所の先輩には結婚した人はいるが、大抵がグループ解散後にしている印象があった。
御子柴が人差し指と中指で眼鏡を持ち上げる。
「最近はどこでも誰でもスマホで撮影ができ、すぐにSNSにアップされてしまう時代です。彼らが出会う人が常に安全である保障はありません」
「はあ…」
玲奈はまだこの人達の伝えたいことがよく分からない。
「そこで、我々は、彼らの生活面と恋愛面をサポートしてくださる女性を、プロ彼女として正式に採用することにしたのです」
生活面と、恋愛面?
「えっと。それは、マネージャー業務とどう違うんですか?」
土居がコーヒーを一口飲んでから答えた。
「プロ彼女ですので、恋愛面のサポートが主な業務、ということになります。平たく言うと、報酬を貰って彼らの彼女になってもらう、ということです」
玲奈は頭が混乱してきた。
「もしかして…風俗とかそういう類の仕事ですか…?」
ヤバい転職サイトに応募してしまったかもしれない。
玲奈はコーヒー代を財布から出そうとした。
もう帰った方が良さそうだ。
「待ってください」
土居が頭を下げる。
「梅田玲奈さん。あなたのこと、少し調べさせてもらいました」
「え?」
玲奈は出しかけた財布をバッグに戻す。
「あなたは今の会社でたいへん優秀な秘書だと聞いております。また、先ほどの言葉で、あなたが秘書の仕事に誇りと信念を持っていることも分かりました。…そして、最近恋人と別れて会社に居づらくなった…」
玲奈は目を丸くする。
「なんで、そんなことまで知ってるんですか?」
「申し訳ありませんが、プロ彼女という仕事が彼らのプライベートに深く関わってくる性質上、あなたのプライベートも調査済です。その上で、ぜひ北浜修のプロ彼女としてあなたを採用したい」
御子柴の口調がさっきより強くなってきたような気がする。さらに流暢な口調で続けた。
「Grand-Blueはもはや日本を代表するアイドルグループと言っても過言ではありません。我々ショータイム社、ファン、はたまた国民にとって、宝のような存在なのです。言わば国宝です。そんな国宝が女性関係のスキャンダルで炎上することはどうしても避けたい。回避しなければいけないのです」
代わって土居が話す。
「だが、多忙を極める彼らにも癒しは与えてやりたい。プライベートの時間は生活面を支えてもらって、彼女と素敵な時間を過ごしてもらいたいんです。その時間があるからこそ仕事も充実する。歌だって演技だって奥が深まる」
御子柴はまた眼鏡を持ち上げる。
「万が一プロ彼女との熱愛報道が出たとしても、一般人であれば深く詮索されません。いいですか?一般人ということが重要なんです。なんて素晴らしい響きなんでしょう!一般人!」
二人は熱弁した後、ふと我に返ったように椅子に座り直した。
「だんだん声のボリュームが大きくなってましたね…」
奥のテーブルの年配女性がこちらをチラッと見た。
「ちなみに、昨年結婚したうちの事務所の園田ですが、お相手はプロ彼女だった一般の方です。あと、他にもプロ彼女と結婚した者が数名います」
土居は声のボリュームを落とす。
「園田って、あのクラウンの園田雅人ですか?」
土居は「はい」と頷く。
クラウンは数年前に解散してしまったが、誰もが知ってるアイドルグループで、園田雅人は今もドラマやバラエティ番組などに引っ張りだこの有名人だ。
園田の結婚は大きく報道されたが、相手が一般人のため、あっさりした内容だった記憶がある。
プロ彼女。
そんな職業があるなんて想像もしなかった。
だが、アイドルが報酬を出して彼女を雇っているなんて、公にするはずがない。
この会社にとってトップシークレット中のトップシークレット案件だ。
だからこんな裏通りの喫茶店を指定してきた。
マネージャーだけでは信じてもらえないだろうから、顧問弁護士も連れてきた。
「そろそろ時間ですね。梅田さん、我々はどうしてもあなたを採用したい。もう少し詳しく話したいので、一緒に来ていただけますか?」
土居は腕時計を確認し、伝票を手に取った。
(どこに…?)
二人はコーヒーを飲み干し、カバンを持って立ち上がる。
玲奈は訳が分からないまま、あっという間に駐車場に停まっているワンボックスカーに乗せられた。
(怪しいお店に連れて行かれたらどうしよう…)
車は横浜方面に向かっている。
自分がこんなに危機感のない人間だとは思わなかった。
だが、喫茶店での二人の熱弁に圧倒されてしまったのも事実だった。
土居の「どうしてもあなたを採用したい」という言葉が耳に残っている。
土居が運転し、後部座席に座っている玲奈の隣で、弁護士の御子柴が雇用契約についての説明を始めた。
一、プロ彼女は北浜修のマンションに同居し、生活面、恋愛面をサポートする。
二、最初の一か月は試用期間とし、どちらかが同居は難しいと判断すれば契約は解除となる。
三、同居における生活の細かなルールは、二人で決める。
四、彼女としてどこまでの関係になるかも、二人で決める。
五、トラブルが発生した場合は、マネージャーまたは顧問弁護士に直ちに相談する。
六、プロ彼女の次の就職先は、ショータイム社が責任をもって紹介する。
そして、提示された報酬は、今の会社の給料の1.5倍だった。
まだ北浜修がどういう人なのか分からないので、同居というのは引っかかるところだが、やはり報酬と、次の就職先を紹介してもらえるのが魅力的だと思った。
そんな話を聞いているうちに、車は駐車場に停まった。
運転席から土居が振り返る。
「着きました。今からGrand-Blueのライブを見てもらいます」
案内されたのは横浜にあるコンサート会場の関係者席だった。
観客席とは完全に別にされた部屋となっており、大きなガラス窓からステージと会場が見える。
(確かにこんな席、関係者じゃないと入れないよね)
「梅田さん、アイドルのライブは見たことありますか?」
横に座った御子柴が聞いてきた。
「初めてです」
「とりあえず、アイドルの仕事とはどういうものか、知ってください。仕事を理解した上でこの雇用契約を結ぶかどうか、考えて頂きたい。ぜひとも、前向きに」
二人が玲奈をこのライブに連れてくるのは、最初から織り込み済みだったのだ。
アイドルの仕事を理解した上で、プロ彼女の仕事を受けるか決める。
玲奈のことをよく分かっている。というか、よく調べられている…。
そして、カウントダウンの後、ライブが始まった。
北浜修は芸能人に疎い玲奈でも知っているイケメンアイドルで、いつもGrand-Blueのセンターに居るイメージだ。
ドラマや映画にも出演しており、確か最近の雑誌のイケメンランキングで一位になったと記憶している。
観客席を見ても「修」と書かれたうちわを振っている人がたくさんいる。
修は移動するステージの上で、長い手足を生かしてダイナミックにダンスしている。
移動ステージが関係者席に近づいてきた。
真下にいるファンは、大興奮で修に向かって手を振っている。
修は手を思いきり伸ばして振り返した後、マイクを握り直し、関係者席の方へ目線を向けた。
ウインクした後、目が合ったような気がして、一瞬ドキリとする。
「あちら側からこの関係者席は見えないんですよね?」
御子柴は持ってきたタブレットに目を通しながら「はい、見えません」と答えた。
そして、メンバーの五人の名前と顔写真が写し出された画面を玲奈に見せてくれた。
北浜 修(22)シュウ
ドラマ、映画で活躍
越野 晃(25)アッキー
Grand-Blueのリーダー
振り付け担当
江坂 拓海(22)タクミ
メインボーカル
鈴木 真那斗(20)マナティ
メンズ雑誌「vision」の専属モデル
沢村 涼真(24)サワ
サブボーカル
バラエティ番組レギュラー2本
ラジオ番組パーソナリティ1本
玲奈はタブレットの画面とステージを交互に見る。
曲の合間のMCをメインで仕切っているのはサワだ。
マナティが最年少ならではの切り込み発言をして、それをサワとタクミが突っ込んでいる。
修とアッキーは聞き役に回って笑っていることが多い。
このMCの空間が、仲の良い友達五人が自然に話しているような感じで、とても心地良かった。
デビューして三年目だが、長い下積み時代があったということで、五人の深い繋がりが感じ取れるようだった。
照明が落とされ、バラード曲が流れる。
タクミが歌い、時々ハモリを入れるサワ。
Grand-Blueは激しいダンス曲のイメージだったが、二人の歌声が素敵で思わず聴き入ってしまった。
ライブ後半はMCをほぼ入れず、怒涛のダンス曲が続いた。
汗に濡れる髪で、ますます修の色気も増している。
「ホントに、ダンスがすごいですね。どれだけ体力消耗してるんだろ」
「ライブ期間はどうしても体重が落ちてしまうので、体調管理は必須ですね」
御子柴は相変わらずの無表情で答える。
体調管理を徹底しないと、ライブツアーを乗り越えるなんて到底できないだろう。
しかもライブ期間の合間に、テレビや雑誌撮影など他の仕事も入るのだ。
アイドルの仕事は徹底したサポートが必要だ、と思った。
喫茶店での二人の熱弁を思い出す。
ショータイム社、ファン、はたまた国民にとっての宝。
それだけではない。
このライブに関わるスタッフや運営会社、スポンサーなど、多くの人がGrand-Blueの活動によって支えられているのだ。
浩也と別れ話をしてから目の前にモヤがかかったような毎日だったが、ライブが終わる頃には、そのモヤが晴れたように感じた。
面接の場所は、青山の裏通りの住宅街にある古めの喫茶店だった。
やって来たのは四十代の男性二人で、いきなり二人体制で来られたことに、玲奈は戸惑った。
「転職サイトに既に登録済かとは思いますが、改めて、梅田さんのプロフィールを教えていただけますか?」
二人のうち、カジュアルなジャケット姿の男性が穏やかな笑みを向ける。
もう一人のきっちりしたスーツに眼鏡をかけたほうは、表情を変えずに黙ったままだ。
玲奈は一息置いて、転職サイトに入力した内容を思い出し、自己紹介した。
「秘書の仕事のどんなところに魅力を感じておられますか?」
ジャケットの人が尋ねた。
「はい。スケジュール管理などの調整業務が元々好き、というものありますが、サポートさせて頂く方にとって何が最適かを調べて見極め、それで円滑に業務が進むこと、相手の方が気持ちよくお仕事されることに喜びを感じるようになりました」
玲奈ははっきりとした声でスラスラと答えた。
自分でもこんなにすんなり言葉が出てきたことに少し驚ろく。
入社面接時よりはるかに成長したな、と自分を誉めたいくらいだった。
男性二人はお互いの顔を見合わせ、それぞれ名刺を出してテーブルの上に置いた。
そう言えば、もうコーヒーが運ばれているのに、名刺をまだ頂いていなかった。
(ん…?)
ジャケットの人の名刺には「株式会社ショータイム Grand-Blueマネージャー 土居 健介」と書かれており、眼鏡の方は「株式会社ショータイム顧問弁護士 御子柴 久志」とある。
マネージャー?
顧問弁護士?
玲奈は名刺と男性の顔を何度も交互に見る。
顧問弁護士が口を開いた。
「自己紹介が遅くなり申し訳ございません。私は、大手芸能事務所であるショータイム社の顧問弁護士を務めております、御子柴と申します」
「私は、アイドルグループGrand-Blueのマネージャーをしております、土居と申します。転職サイトの担当者と偽るようなことをして、すみません」
土居はこう続けて、玲奈に頭を下げた。
(アイドルグループの…Grand-Blue?)
アイドルグループに詳しくない玲奈でも知っている。
Grand-Blueは人気急上昇の男性五人組アイドルグループで、去年あたりからテレビ、雑誌、ネットなど、あらゆるメディアで目にするようになった。
ライブのチケットもなかなか取れないと聞いたことがある。
(なるほど)
玲奈は納得し、二人に尋ねた。
「芸能事務所であるショータイム社の秘書業務の求人、ということですね?」
御子柴が首を横に振った。
「ショータイム社の求人には違いないのですが、あなたを、Grand-Blueのメンバーである北浜修のプロ彼女として採用させてください」
「…プロ、彼女…?」
この弁護士は真面目な顔をして何を言っているのだろう。
明らかに不審がっている玲奈の顔を見て、土居が優しい笑顔で話し始めた。
「Grand-Blueのメンバーは二十歳から二十五歳までの青年達で、恋愛して彼女を作りたい年ごろです。ですが、我が社は、アイドルグループの恋愛を一切表に出さないことを売りにしています」
確かに、この会社に所属するアイドルグループは、女性関係のことを一切口にしないことで有名だ。
事務所の先輩には結婚した人はいるが、大抵がグループ解散後にしている印象があった。
御子柴が人差し指と中指で眼鏡を持ち上げる。
「最近はどこでも誰でもスマホで撮影ができ、すぐにSNSにアップされてしまう時代です。彼らが出会う人が常に安全である保障はありません」
「はあ…」
玲奈はまだこの人達の伝えたいことがよく分からない。
「そこで、我々は、彼らの生活面と恋愛面をサポートしてくださる女性を、プロ彼女として正式に採用することにしたのです」
生活面と、恋愛面?
「えっと。それは、マネージャー業務とどう違うんですか?」
土居がコーヒーを一口飲んでから答えた。
「プロ彼女ですので、恋愛面のサポートが主な業務、ということになります。平たく言うと、報酬を貰って彼らの彼女になってもらう、ということです」
玲奈は頭が混乱してきた。
「もしかして…風俗とかそういう類の仕事ですか…?」
ヤバい転職サイトに応募してしまったかもしれない。
玲奈はコーヒー代を財布から出そうとした。
もう帰った方が良さそうだ。
「待ってください」
土居が頭を下げる。
「梅田玲奈さん。あなたのこと、少し調べさせてもらいました」
「え?」
玲奈は出しかけた財布をバッグに戻す。
「あなたは今の会社でたいへん優秀な秘書だと聞いております。また、先ほどの言葉で、あなたが秘書の仕事に誇りと信念を持っていることも分かりました。…そして、最近恋人と別れて会社に居づらくなった…」
玲奈は目を丸くする。
「なんで、そんなことまで知ってるんですか?」
「申し訳ありませんが、プロ彼女という仕事が彼らのプライベートに深く関わってくる性質上、あなたのプライベートも調査済です。その上で、ぜひ北浜修のプロ彼女としてあなたを採用したい」
御子柴の口調がさっきより強くなってきたような気がする。さらに流暢な口調で続けた。
「Grand-Blueはもはや日本を代表するアイドルグループと言っても過言ではありません。我々ショータイム社、ファン、はたまた国民にとって、宝のような存在なのです。言わば国宝です。そんな国宝が女性関係のスキャンダルで炎上することはどうしても避けたい。回避しなければいけないのです」
代わって土居が話す。
「だが、多忙を極める彼らにも癒しは与えてやりたい。プライベートの時間は生活面を支えてもらって、彼女と素敵な時間を過ごしてもらいたいんです。その時間があるからこそ仕事も充実する。歌だって演技だって奥が深まる」
御子柴はまた眼鏡を持ち上げる。
「万が一プロ彼女との熱愛報道が出たとしても、一般人であれば深く詮索されません。いいですか?一般人ということが重要なんです。なんて素晴らしい響きなんでしょう!一般人!」
二人は熱弁した後、ふと我に返ったように椅子に座り直した。
「だんだん声のボリュームが大きくなってましたね…」
奥のテーブルの年配女性がこちらをチラッと見た。
「ちなみに、昨年結婚したうちの事務所の園田ですが、お相手はプロ彼女だった一般の方です。あと、他にもプロ彼女と結婚した者が数名います」
土居は声のボリュームを落とす。
「園田って、あのクラウンの園田雅人ですか?」
土居は「はい」と頷く。
クラウンは数年前に解散してしまったが、誰もが知ってるアイドルグループで、園田雅人は今もドラマやバラエティ番組などに引っ張りだこの有名人だ。
園田の結婚は大きく報道されたが、相手が一般人のため、あっさりした内容だった記憶がある。
プロ彼女。
そんな職業があるなんて想像もしなかった。
だが、アイドルが報酬を出して彼女を雇っているなんて、公にするはずがない。
この会社にとってトップシークレット中のトップシークレット案件だ。
だからこんな裏通りの喫茶店を指定してきた。
マネージャーだけでは信じてもらえないだろうから、顧問弁護士も連れてきた。
「そろそろ時間ですね。梅田さん、我々はどうしてもあなたを採用したい。もう少し詳しく話したいので、一緒に来ていただけますか?」
土居は腕時計を確認し、伝票を手に取った。
(どこに…?)
二人はコーヒーを飲み干し、カバンを持って立ち上がる。
玲奈は訳が分からないまま、あっという間に駐車場に停まっているワンボックスカーに乗せられた。
(怪しいお店に連れて行かれたらどうしよう…)
車は横浜方面に向かっている。
自分がこんなに危機感のない人間だとは思わなかった。
だが、喫茶店での二人の熱弁に圧倒されてしまったのも事実だった。
土居の「どうしてもあなたを採用したい」という言葉が耳に残っている。
土居が運転し、後部座席に座っている玲奈の隣で、弁護士の御子柴が雇用契約についての説明を始めた。
一、プロ彼女は北浜修のマンションに同居し、生活面、恋愛面をサポートする。
二、最初の一か月は試用期間とし、どちらかが同居は難しいと判断すれば契約は解除となる。
三、同居における生活の細かなルールは、二人で決める。
四、彼女としてどこまでの関係になるかも、二人で決める。
五、トラブルが発生した場合は、マネージャーまたは顧問弁護士に直ちに相談する。
六、プロ彼女の次の就職先は、ショータイム社が責任をもって紹介する。
そして、提示された報酬は、今の会社の給料の1.5倍だった。
まだ北浜修がどういう人なのか分からないので、同居というのは引っかかるところだが、やはり報酬と、次の就職先を紹介してもらえるのが魅力的だと思った。
そんな話を聞いているうちに、車は駐車場に停まった。
運転席から土居が振り返る。
「着きました。今からGrand-Blueのライブを見てもらいます」
案内されたのは横浜にあるコンサート会場の関係者席だった。
観客席とは完全に別にされた部屋となっており、大きなガラス窓からステージと会場が見える。
(確かにこんな席、関係者じゃないと入れないよね)
「梅田さん、アイドルのライブは見たことありますか?」
横に座った御子柴が聞いてきた。
「初めてです」
「とりあえず、アイドルの仕事とはどういうものか、知ってください。仕事を理解した上でこの雇用契約を結ぶかどうか、考えて頂きたい。ぜひとも、前向きに」
二人が玲奈をこのライブに連れてくるのは、最初から織り込み済みだったのだ。
アイドルの仕事を理解した上で、プロ彼女の仕事を受けるか決める。
玲奈のことをよく分かっている。というか、よく調べられている…。
そして、カウントダウンの後、ライブが始まった。
北浜修は芸能人に疎い玲奈でも知っているイケメンアイドルで、いつもGrand-Blueのセンターに居るイメージだ。
ドラマや映画にも出演しており、確か最近の雑誌のイケメンランキングで一位になったと記憶している。
観客席を見ても「修」と書かれたうちわを振っている人がたくさんいる。
修は移動するステージの上で、長い手足を生かしてダイナミックにダンスしている。
移動ステージが関係者席に近づいてきた。
真下にいるファンは、大興奮で修に向かって手を振っている。
修は手を思いきり伸ばして振り返した後、マイクを握り直し、関係者席の方へ目線を向けた。
ウインクした後、目が合ったような気がして、一瞬ドキリとする。
「あちら側からこの関係者席は見えないんですよね?」
御子柴は持ってきたタブレットに目を通しながら「はい、見えません」と答えた。
そして、メンバーの五人の名前と顔写真が写し出された画面を玲奈に見せてくれた。
北浜 修(22)シュウ
ドラマ、映画で活躍
越野 晃(25)アッキー
Grand-Blueのリーダー
振り付け担当
江坂 拓海(22)タクミ
メインボーカル
鈴木 真那斗(20)マナティ
メンズ雑誌「vision」の専属モデル
沢村 涼真(24)サワ
サブボーカル
バラエティ番組レギュラー2本
ラジオ番組パーソナリティ1本
玲奈はタブレットの画面とステージを交互に見る。
曲の合間のMCをメインで仕切っているのはサワだ。
マナティが最年少ならではの切り込み発言をして、それをサワとタクミが突っ込んでいる。
修とアッキーは聞き役に回って笑っていることが多い。
このMCの空間が、仲の良い友達五人が自然に話しているような感じで、とても心地良かった。
デビューして三年目だが、長い下積み時代があったということで、五人の深い繋がりが感じ取れるようだった。
照明が落とされ、バラード曲が流れる。
タクミが歌い、時々ハモリを入れるサワ。
Grand-Blueは激しいダンス曲のイメージだったが、二人の歌声が素敵で思わず聴き入ってしまった。
ライブ後半はMCをほぼ入れず、怒涛のダンス曲が続いた。
汗に濡れる髪で、ますます修の色気も増している。
「ホントに、ダンスがすごいですね。どれだけ体力消耗してるんだろ」
「ライブ期間はどうしても体重が落ちてしまうので、体調管理は必須ですね」
御子柴は相変わらずの無表情で答える。
体調管理を徹底しないと、ライブツアーを乗り越えるなんて到底できないだろう。
しかもライブ期間の合間に、テレビや雑誌撮影など他の仕事も入るのだ。
アイドルの仕事は徹底したサポートが必要だ、と思った。
喫茶店での二人の熱弁を思い出す。
ショータイム社、ファン、はたまた国民にとっての宝。
それだけではない。
このライブに関わるスタッフや運営会社、スポンサーなど、多くの人がGrand-Blueの活動によって支えられているのだ。
浩也と別れ話をしてから目の前にモヤがかかったような毎日だったが、ライブが終わる頃には、そのモヤが晴れたように感じた。

