「はぁ…」
玲奈はスマホの画面を見てため息をつく。
瑠加がプロ彼女の契約を解除したいと聞いてから数日。
瑠加から何か連絡があるかと思ってスマホを確認する場面が続いている。
玲奈はマンション近くの公園のベンチに座った。
尻尾を振りながらリンが足元にまとわりついてきたので、リードを短く持つ。
「瑠加ちゃんには何か考えがあるんだろうね、リン…」
リンの頭を撫でる。
その時、背後から視線を感じた。
振り返ると…
また、あの帽子を被った女性だ。
(今度は逃がさない)
女性は玲奈の視線に気づき、公園を出ようとする。
「待って!あなたの正体、分かってるから!」
玲奈は叫ぶ。もちろん正体が分かってるなんていうのは嘘だ。
女性はその場に立ち止まった。
追いついた玲奈のほうを振り返り、帽子を取った。
「梅田さん、お久しぶり」
女性の顔を見て記憶を探る。
「富田、さん…?」
彼女は玲奈がスポーツ用品メーカーで営業をしていた時、取引先の会社で広報部に居た人だ。
一時期は何度も顔を合わせて仕事をしていたので、すぐに思い出せた。
富田はこの冬の日にも関わらず、額に汗をかいている。
「なぜマンションの周りをウロウロしてるのか、事情を説明してもらえますか?」
毅然と質問する玲奈を前に、富田は少し怯みながらも答えた。
「私…Grand-Blueの生粋のファンなんです」
「だからって、ストーカー行為はダメってこと、分かりますよね?」
その時、背後から「玲奈さん」と呼びかけられた。
富田が声のする方を見て目を丸くしている。
振り返ると、修とタクミが息を切らして走ってきた。
「大丈夫?」
二人とも富田と同じく額に汗が滲んでいる。
「え?二人してどうしたの?」
「タクシーで帰ってきたら公園から人を追いかけて行く玲奈さんを見て、心配になって慌てて降りてきたんだよ」
こんなに焦って話す修を見るのは初めてだった。
「もしかして、この人が、例の…?」
タクミが富田をじっと見る。
修とタクミを目の前にした富田は、顔を赤くして縮こまった。
四人は公園の中に戻り、人目につきにくい木の陰に移動した。
幸い日が落ちて暗くなりかけてきたこの公園には、人はほとんど居ない。
「分かってると思いますが、これ以上ストーカー行為を続けるようでしたら、こちらも然るべき対応を取ります」
「ストーカー?」
玲奈の言葉に、ストーカー初耳の修は、更に焦りの表情になる。
リンは足元から修を見上げている。
「瑠加ちゃんとタクミくんが一回、私が今日と合わせて二回、マンション周りで彼女を目撃しています」
玲奈は富田に厳しい顔を向けた。
それを見て、富田は深々と頭を下げた。
「本当に申し訳ありません。マンションの周りをうろついていたことは認めますが、決してGrand-Blueの皆さんに何かしようとは思ってません」
「…でも、プライベート空間をウロウロされること自体が僕らのストレスになるので…」
タクミが優しい口調で話す。
富田は頭を上げた。
「最初はほんの出来心、というか…Grand-Blueのメンバーがどんな街のどんな所に住んでるのか、それだけでも知りたいと思って…それだけ見たらすぐに帰ろうと思っていました」
「はは…俺たちが住んでるって情報は漏れてるわけね…」
タクミが苦笑いをしながら修と玲奈を見る。
「先ほど梅田さんにも言いましたが、私はGrand-Blueのデビュー前からのファンなんです。同じような古参のファン同士でグループを作っておりまして…」
一緒に仕事をしていた頃の富田からは、「アイドルの古参ファン」というワードとは全く結びつかなかった。
アイドルにはこのような古くからのファンの支えも大切だと土居から聞いたことがある。
「古参ファンの情報網は凄いみたいだね…俺らのマンション知ってても不思議じゃない、か…」
タクミの言葉に、修は黙って頷いた。
富田が続ける。
「それで、マンションだけ見て帰ろうと思ったら、修…さんの車がマンションに入ってきて、助手席に乗ってるのが知り合いの梅田さんだったんで、驚いたんです」
リンの散歩や買い物で助手席に何度か乗せてもらったのを見られていたのだ。
(車だからって、油断してた)
玲奈は猛省する。
「見間違いかとも思ったんですが、ちょうど仕事で坂口さんとお会いする機会があったんで聞いてみたら、梅田さんは最近会社を辞めたと言っておられたので…」
浩也からの突然の電話の理由は、富田だったのだ。
怪しげな仕事をしてるんじゃないかと心配していた。
「浩也…いや、坂口さんに何て言ったんですか?」
玲奈の質問に富田は少し目を逸らした。
「Grand-Blueのことは一言も言ってないですよ。ただ、いま何の仕事をしておられるか知ってますか?と聞いただけで……あと、ちょこっと、普通の仕事をする場所じゃないような所で見かけた、とは言いましたが…」
玲奈は小さくため息をついた。
修とタクミは話が見えなくなり、不思議そうな顔をしている。
玲奈は息を吸って富田の顔をじっと見た。
「単刀直入に聞きます。私とGrand-Blueの情報、マスコミに流すつもりなんですか?」
富田は一瞬怯み、修とタクミも険しい表情になった。
「違います。マスコミに流すつもりなんて無いです」
富田の声は少し震えている。
「じゃあ、なんで玲奈さんのことを探ろうとしてたんですか?」
修も富田に詰め寄る。
「それは…」
言葉を濁そうとする富田に、タクミも一歩詰め寄る。
「それは…古参ファングループのみんなからハブられたくなかった、からです…」
富田はまた額に汗をかいている。
「長年一緒にいると、グループ内に上下関係、というか、ヒエラルキーみたいなものができてきて…。若くて可愛い子なんかは、貢いでもらったお金であちこちのライブ行ったり、ファン同士の打ち上げも派手にしたりして、グループ内での地位を上げていくんです」
話しながら富田の顔がどんどん曇っていく。
「私はこの歳だし使えるお金も限られてるから、みんなに付いていくだけで精一杯で…だから、Grand-Blueの情報を何か一つでも掴んで、グループ内での立場を守りたかったんです」
修は、大人しく見上げているリンを抱っこして頭を撫でた。
タクミも黙って富田を見つめている。
玲奈は俯く富田の顔を覗き込んだ。
「富田さん、これからは私と一緒にGrand-Blueの推し活やっていきませんか?」
玲奈の突然の提案に、富田はパッと顔を上げる。
修とタクミも驚いた表情で互いの顔を見た。
「そんな居心地悪いファングループは抜けて、私と健全な推し活、しましょう」
「私と…梅田さんで…?」
「富田さんはGrand-Blueが大好きで、推し活を楽しんでる自分が好きで、ファンをやめられないんですよね? 今の富田さんは楽しんでるようには見えません。自分が好きになる推し活に戻りましょう」
富田の目に涙が浮かんだ。
「そう…確かに最近の私は、推し活を心から楽しんでなかったように思います。本当は、修やタクミのこと、困らせるようなことはしたくないんです」
玲奈はトートバッグからハンカチを取り出し、富田に差し出した。
修はそんな玲奈を見て優しく微笑む。そして、富田に向かって少し頭を下げた。
「ありがとうございます。推し活を楽しむ気持ちを思い出してもらって」
修のアイドルスマイルを前にして、富田は涙を拭きながら赤くなっている。
タクミも修に続く。
「僕たちも、ファンのみんなが自分を好きになって、そして幸せな気持ちになることを一番に望んでるから」
富田は更に赤くなる。
「分かりました。私…今のファングループと距離を置きます。推し活を心から楽しんでた時の気持ちをもう一度思い出します」
「一緒に楽しみましょう」
玲奈は笑顔で富田の肩にそっと手を置いた。
玲奈はスマホの画面を見てため息をつく。
瑠加がプロ彼女の契約を解除したいと聞いてから数日。
瑠加から何か連絡があるかと思ってスマホを確認する場面が続いている。
玲奈はマンション近くの公園のベンチに座った。
尻尾を振りながらリンが足元にまとわりついてきたので、リードを短く持つ。
「瑠加ちゃんには何か考えがあるんだろうね、リン…」
リンの頭を撫でる。
その時、背後から視線を感じた。
振り返ると…
また、あの帽子を被った女性だ。
(今度は逃がさない)
女性は玲奈の視線に気づき、公園を出ようとする。
「待って!あなたの正体、分かってるから!」
玲奈は叫ぶ。もちろん正体が分かってるなんていうのは嘘だ。
女性はその場に立ち止まった。
追いついた玲奈のほうを振り返り、帽子を取った。
「梅田さん、お久しぶり」
女性の顔を見て記憶を探る。
「富田、さん…?」
彼女は玲奈がスポーツ用品メーカーで営業をしていた時、取引先の会社で広報部に居た人だ。
一時期は何度も顔を合わせて仕事をしていたので、すぐに思い出せた。
富田はこの冬の日にも関わらず、額に汗をかいている。
「なぜマンションの周りをウロウロしてるのか、事情を説明してもらえますか?」
毅然と質問する玲奈を前に、富田は少し怯みながらも答えた。
「私…Grand-Blueの生粋のファンなんです」
「だからって、ストーカー行為はダメってこと、分かりますよね?」
その時、背後から「玲奈さん」と呼びかけられた。
富田が声のする方を見て目を丸くしている。
振り返ると、修とタクミが息を切らして走ってきた。
「大丈夫?」
二人とも富田と同じく額に汗が滲んでいる。
「え?二人してどうしたの?」
「タクシーで帰ってきたら公園から人を追いかけて行く玲奈さんを見て、心配になって慌てて降りてきたんだよ」
こんなに焦って話す修を見るのは初めてだった。
「もしかして、この人が、例の…?」
タクミが富田をじっと見る。
修とタクミを目の前にした富田は、顔を赤くして縮こまった。
四人は公園の中に戻り、人目につきにくい木の陰に移動した。
幸い日が落ちて暗くなりかけてきたこの公園には、人はほとんど居ない。
「分かってると思いますが、これ以上ストーカー行為を続けるようでしたら、こちらも然るべき対応を取ります」
「ストーカー?」
玲奈の言葉に、ストーカー初耳の修は、更に焦りの表情になる。
リンは足元から修を見上げている。
「瑠加ちゃんとタクミくんが一回、私が今日と合わせて二回、マンション周りで彼女を目撃しています」
玲奈は富田に厳しい顔を向けた。
それを見て、富田は深々と頭を下げた。
「本当に申し訳ありません。マンションの周りをうろついていたことは認めますが、決してGrand-Blueの皆さんに何かしようとは思ってません」
「…でも、プライベート空間をウロウロされること自体が僕らのストレスになるので…」
タクミが優しい口調で話す。
富田は頭を上げた。
「最初はほんの出来心、というか…Grand-Blueのメンバーがどんな街のどんな所に住んでるのか、それだけでも知りたいと思って…それだけ見たらすぐに帰ろうと思っていました」
「はは…俺たちが住んでるって情報は漏れてるわけね…」
タクミが苦笑いをしながら修と玲奈を見る。
「先ほど梅田さんにも言いましたが、私はGrand-Blueのデビュー前からのファンなんです。同じような古参のファン同士でグループを作っておりまして…」
一緒に仕事をしていた頃の富田からは、「アイドルの古参ファン」というワードとは全く結びつかなかった。
アイドルにはこのような古くからのファンの支えも大切だと土居から聞いたことがある。
「古参ファンの情報網は凄いみたいだね…俺らのマンション知ってても不思議じゃない、か…」
タクミの言葉に、修は黙って頷いた。
富田が続ける。
「それで、マンションだけ見て帰ろうと思ったら、修…さんの車がマンションに入ってきて、助手席に乗ってるのが知り合いの梅田さんだったんで、驚いたんです」
リンの散歩や買い物で助手席に何度か乗せてもらったのを見られていたのだ。
(車だからって、油断してた)
玲奈は猛省する。
「見間違いかとも思ったんですが、ちょうど仕事で坂口さんとお会いする機会があったんで聞いてみたら、梅田さんは最近会社を辞めたと言っておられたので…」
浩也からの突然の電話の理由は、富田だったのだ。
怪しげな仕事をしてるんじゃないかと心配していた。
「浩也…いや、坂口さんに何て言ったんですか?」
玲奈の質問に富田は少し目を逸らした。
「Grand-Blueのことは一言も言ってないですよ。ただ、いま何の仕事をしておられるか知ってますか?と聞いただけで……あと、ちょこっと、普通の仕事をする場所じゃないような所で見かけた、とは言いましたが…」
玲奈は小さくため息をついた。
修とタクミは話が見えなくなり、不思議そうな顔をしている。
玲奈は息を吸って富田の顔をじっと見た。
「単刀直入に聞きます。私とGrand-Blueの情報、マスコミに流すつもりなんですか?」
富田は一瞬怯み、修とタクミも険しい表情になった。
「違います。マスコミに流すつもりなんて無いです」
富田の声は少し震えている。
「じゃあ、なんで玲奈さんのことを探ろうとしてたんですか?」
修も富田に詰め寄る。
「それは…」
言葉を濁そうとする富田に、タクミも一歩詰め寄る。
「それは…古参ファングループのみんなからハブられたくなかった、からです…」
富田はまた額に汗をかいている。
「長年一緒にいると、グループ内に上下関係、というか、ヒエラルキーみたいなものができてきて…。若くて可愛い子なんかは、貢いでもらったお金であちこちのライブ行ったり、ファン同士の打ち上げも派手にしたりして、グループ内での地位を上げていくんです」
話しながら富田の顔がどんどん曇っていく。
「私はこの歳だし使えるお金も限られてるから、みんなに付いていくだけで精一杯で…だから、Grand-Blueの情報を何か一つでも掴んで、グループ内での立場を守りたかったんです」
修は、大人しく見上げているリンを抱っこして頭を撫でた。
タクミも黙って富田を見つめている。
玲奈は俯く富田の顔を覗き込んだ。
「富田さん、これからは私と一緒にGrand-Blueの推し活やっていきませんか?」
玲奈の突然の提案に、富田はパッと顔を上げる。
修とタクミも驚いた表情で互いの顔を見た。
「そんな居心地悪いファングループは抜けて、私と健全な推し活、しましょう」
「私と…梅田さんで…?」
「富田さんはGrand-Blueが大好きで、推し活を楽しんでる自分が好きで、ファンをやめられないんですよね? 今の富田さんは楽しんでるようには見えません。自分が好きになる推し活に戻りましょう」
富田の目に涙が浮かんだ。
「そう…確かに最近の私は、推し活を心から楽しんでなかったように思います。本当は、修やタクミのこと、困らせるようなことはしたくないんです」
玲奈はトートバッグからハンカチを取り出し、富田に差し出した。
修はそんな玲奈を見て優しく微笑む。そして、富田に向かって少し頭を下げた。
「ありがとうございます。推し活を楽しむ気持ちを思い出してもらって」
修のアイドルスマイルを前にして、富田は涙を拭きながら赤くなっている。
タクミも修に続く。
「僕たちも、ファンのみんなが自分を好きになって、そして幸せな気持ちになることを一番に望んでるから」
富田は更に赤くなる。
「分かりました。私…今のファングループと距離を置きます。推し活を心から楽しんでた時の気持ちをもう一度思い出します」
「一緒に楽しみましょう」
玲奈は笑顔で富田の肩にそっと手を置いた。

