アイドルのプロ彼女に転職しました

 俳優、モデル、有名インフルエンサー。
 玲奈も見たことある顔ぶれが煌びやかな衣装を纏い、ジュエリーが並ぶ建物の中に入っていく。
 玲奈も瑠加に借りた深いブルーのドレスを着て、いつもより高いヒールを履いている。
「玲奈さん、階段あるから気を付けてね」
 瑠加は玲奈の足元を見て手を取ってくれる。
 ヒールの高さは同じくらいなのに、瑠加の足元は全くふらついていない。
瑠加からジュエリーブランドの周年祭パーティーに誘われたのは、一週間前。
 なぜ瑠加がこのパーティーに招待されたのか、なぜ玲奈も誘われたのか分からないまま、ドレスもヒールも貸してもらって連れてこられた。
「瑠加ちゃん、あんまり隣にピッタリ並ばないでほしいな…」
 瑠加が着ているのは、淡い白にゴールドの刺繍が入ったタイトなドレスで、スタイルの良さが際立っている。
「ほんとに私がこのパーティーに来ても大丈夫なの?」
 玲奈はすれ違う人たちを見る度、自分が場違いであることを実感する。
「大丈夫、ちゃんと招待状もらって来てるから。素性を聞かれたら私の秘書って言ってくれればいいし」
 瑠加は余裕の表情ですれ違う人に会釈をしている。
「瑠加ちゃんの、秘書…?」
 その時、玲奈の背後がザワザワし出した。
 会場の人の視線が入口付近に集まる。
「え…?」
 車から降りてきたのは修とマナティだった。
 二人ともハイブランドのスーツを着こなし、このブランドのジュエリーを身に着けている。
 明らかにオーラが違う二人に、皆自然に道を開けていた。
「修とマナティも来てるのに、私たちが居て大丈夫なの?」
 玲奈は小声で瑠加に耳打ちする。
「黙っててごめん。私は二人が来ること知ってたんだ。てゆうか、敢えて当て込んだんだけど…」
 玲奈は瑠加の最後の言葉が聞き取れなかったので、聞き直そうとすると、歩いてきた修と目が合ってしまった。
 修もマナティも明らかに驚いた表情をしたが、すぐにいつものアイドルの笑みに戻って会場の奥の方に進んでいった。
 様々な人のスピーチが終わり、歓談タイムとなった。
 修とマナティは、早速インタビューを受けているようだ。
 瑠加はいつの間にかモデルと思われる男性と楽しそうに話している。
「紹介するね。私が読者モデル時代に仲良くしてもらってた、カイト君」
「初めまして」
 玲奈は緊張の面持ちで挨拶する。
 カイトは修やマナティよりも少し背が高く、玲奈は頭を下げた後、彼を見上げた。
「いよいよ瑠加ちゃんも本気出すんだね」
 カイトは何か言いたげな笑みを見せた。
「いま大学で経営のことも勉強してるんだけど、卒業までにできることは準備しておこうかと思って」
 瑠加の言葉は自信に満ち溢れていた。
 ふと見ると、周りの女性たちが頭一つ出ているカイトを横目でちらちら見ているのが分かった。
 それから少し話し、カイトもインタビューの輪の中に向かって行った。
 カイトが行った方へ目線を向けると、修がこちらをチラッと見たような気がした。
 玲奈は周りに悟られないように目を逸らす。
 瑠加がサーブ係のスタッフから、ドリンクの入ったグラスを二つ貰ってくれた。
「瑠加ちゃん、卒業したらビジネス始めるんだね」
 瑠加はドリンクを一口飲んでから答えた。
「黙っててごめん。人脈作りは早めにやっておかないと、ね」
 やっぱり瑠加は一般の大学生とは違っていた。
「後で詳しく聞かせてね」
 ビジネスのための人脈作りは理解できたが、なぜ自分も連れてこられたのかが不明だ。
 瑠加は「分かった」と可愛く言った後、玲奈の背後に視線を移した。
 途端に険しい表情に変わる。
 玲奈が振り返ると、顎のラインに真っ直ぐ切り揃えられた黒髪の女性がこちらを見ていた。
 デコルテ部分がシースルーになっている黒いドレスが良く似合っている。
「久しぶり」
 黒髪の女性は艶やかな笑みを浮かべながら瑠加を見る。
 瑠加より少し年上だろうか。この雰囲気からすると俳優だろう。
「マリエさん…日本に帰ってたんだ…」
 この会場に入ってからの社交的な瑠加の姿は消えていた。
「今後は日本での仕事にも力を入れていこうと思ってるの」
 マリエの笑みは変わらない。
「瑠加さんは、モデル活動続けてるの?」
 そして、隣に立つ玲奈に視線を向ける。頭から足先まで見回されたような気がした。
「もうモデルは辞めて今は学生、なんだけど…」
 瑠加は修やマナティの方を見た。
「修たちとは会ってるの?」
 瑠加の質問にマリエは少し間を置き、「あちらで話しましょう」と言って、会場の外の廊下の隅に移動する。
 玲奈もなんとなく付いてきてしまった。
「修やGrand-Blueのみなさんとは、少し前にテレビ局ですれ違って挨拶したわ。動画とかでたまに見てたけど、修は子供っぽさが抜けていい感じになってきたよね」
 瑠加の表情が更に厳しくなる。
「マリエさん…二年経ってるとはいえ、マスコミもファンもまだあの事覚えてると思うよ。なるべく修との接触は…」
「どうしてあなたがそんな指摘するの?」
 マリエは相変わらず表情を変えないが、ハッキリとした口調で瑠加の言葉を遮った。
「修もそれなりのキャリア積んできてるんだし、少しくらいのスキャンダル、大丈夫なんじゃないの?」
「それはダメです」
 玲奈は思わず口を挟んでしまった。
「あなたは?」
「突然すみません。私は瑠加さんの秘書をしています梅田と申します。Grand-Blueはファンのために、スキャンダルにならないよう、また、疑われるようなことが無いよう努力しています。彼らの努力を無駄にしないで欲しいです」
 玲奈の言葉に、マリエから余裕の笑みが消えた。
「ずいぶんGrand-Blueに肩入れしてるんですね。それとも、あたなも修に手を付けられたんですか?」
 玲奈は一瞬で頭に血が上ってしまった。
「修のこと、そんなふうに言わないでください。あなたに何が分かるんですか?」
「あなたこそ、修の何が分かってるんですか?私は修のせいで日本の芸能界に居られなくなったんですよ」
 玲奈は固まり、瑠加も険しい表情をしている。
「詳しいことは瑠加さんに聞いてください。梅田さん、あなたも修に深入りし過ぎると泣くことになりますよ」
 そう言ってマリエは会場へ戻って行った。

 玲奈がドレスを脱いで部屋着に着替え終えると、リンが玄関の方へ走っていく音がした。
「おかえり」
 玲奈が出迎えると、修は小さな声で「ただいま」と言った。
 二人の間に少し沈黙が流れる。
「今日、びっくりさせちゃったよね。瑠加ちゃんの付き添いで行ったんだけど、私も今日まで何のパーティーか分かってなくて…」
「確かに、驚いたんだけど…」
 修は何か考え込んでいるようだった。
「どうかした?」
「真那斗と瑠加ちゃんのことで、話があって」
 二人はダイニングテーブルに移動した。
 パーティーが終わってから、瑠加にマリエのことを聞きたかったが、瑠加のスマホには真那斗から『帰ってから話したい』とメッセージが入っていた。
 修とマリエはどんな関係なんだろう。
 玲奈は気になって仕方なかったが、マリエの態度からすると訳有りのような感じだし、修から直接聞きたくない、という思いもよぎっていた。
「瑠加ちゃんが真那斗に、プロ彼女の契約を解除したいと言ってきたらしい」
「え?」
 玲奈はマグカップを落としそうになる。
「大丈夫?」
 慌てて修がフォローに来てくれた。
 コーヒーの入ったマグカップを二つテーブルに運んでくれる。
「ごめん、そんなこと全然聞いてなかったら驚いて…」
 今日のパーティーでも瑠加はそんな素振りを全く見せてなかった。
「そっか…聞いてなかったんだ…」
 修はカップをテーブルにそっと置いて、椅子に座った。
「今日のパーティーに参加したのは、ビジネス始めるための人脈作りとは言ってたけど、そのことと関係あるのかな?」
「うん、やりたいことが見つかったから契約は解除したいって。真那斗はプロ彼女続けながらそれもやればいいって説得してるみたいなんだけど…」
 修の表情からマナティを心配しているのがよく分かる。
 今日マナティが瑠加にメッセージを送ってきたのも、この話なのだろう。
「あの二人はお互いを信頼し合ってる感じですごくお似合いだと思ってたから、瑠加ちゃんが契約解除って言ったのが信じられない」
 瑠加がマナティのことを話す時の、幸せそうな表情を思い出す。
「俺も、二人は一緒に居ることが自然だと思ってたから…真那斗、かなり落ち込んでる…」
「そっか…」
 瑠加のことだから、色々考えて契約解除の結論を出したと思われるが、やはり玲奈もプロ彼女を続けながらできるのではないかと思ってしまう。
「これ以上は二人の問題、だよな…」
 修は手元のカップを見つめて小さくため息をついた。
 外から見たら順調そうな二人でも、男女の仲だ。色々あっておかしくは無い。
 玲奈は一瞬、目の前の修が遠くに居るような感覚に陥った。
 自分と修の関係はどうなんだろう。
 そして、修とマリエの関係も。
 玲奈は何も聞けないまま、心に重いものだけが残った。