病院を出る頃には、空が暗くなっていた。
雨が降りそうな雲が、低く街にかかっている。
白峰メディカルケアへ戻る前に、私は藤堂さんの自宅確認のため、班長からの指示を待つことになった。
沢渡先生は救急医から受け取った所見の写しを見ながら、病院の玄関脇に立っていた。
街灯の光が、彼の横顔を白く切り取っている。
「三件の変死と、藤堂さんはつながりますか」
私が尋ねると、先生は紙から目を離さずに言った。
「つながる可能性が高くなった」
「同じ薬剤ですか」
「本検査を待つ必要がある。だが、簡易反応と症状の組み合わせは近い」
「眠っているように見える」
「そうだ」
先生は紙を畳んだ。
「犯人は、死を眠りに偽装している」
その言葉は、短かった。
でも、十分だった。
眠るような死。
眠らせる薬。
在宅医療。
信頼している相手から渡される何か。
見えてきた線は、細い。
けれど、確かにそこにある。
「藤堂さんは助かりました」
「運が良かっただけだ」
「次は、助からないかもしれない」
「だから急ぐ」
先生はそう言ってから、私を見た。
「だが、雑に急ぐな」
「……はい」
「藤堂の自宅には、真鍋刑事と行け。君ひとりで行くな」
「先生は?」
「俺は監察医務院へ戻る。検体の扱いと、三件の鑑定状況を確認する」
「わかりました」
「それと」
「はい」
「怪我をするな」
言葉が、不意打ちみたいに落ちた。
私は瞬きをした。
先生はもう私を見ていなかった。
黒いコートの襟を直し、歩き出そうとしている。
たったそれだけ。
心配していると言ったわけじゃない。
優しくしたわけでもない。
命令に近い、硬い言葉。
それなのに、胸の奥が少し揺れた。
「先生も、無理しないでください」
先生は足を止めなかった。
「無理と必要は違う」
「先生、それ本気で言ってます?」
「本気だ」
「本気なら余計に心配です」
今度こそ、先生の足が止まった。
振り返る。
街灯の下で、彼の目が静かにこちらを向く。
「俺の心配より、自分の安全を優先しろ」
「刑事に向いてない指示ですね」
「君には必要だ」
「先生には?」
「俺は自分で判断する」
先生はそう言って、また歩き出した。
私はその背中を見送った。
雨が降りそうな雲が、低く街にかかっている。
白峰メディカルケアへ戻る前に、私は藤堂さんの自宅確認のため、班長からの指示を待つことになった。
沢渡先生は救急医から受け取った所見の写しを見ながら、病院の玄関脇に立っていた。
街灯の光が、彼の横顔を白く切り取っている。
「三件の変死と、藤堂さんはつながりますか」
私が尋ねると、先生は紙から目を離さずに言った。
「つながる可能性が高くなった」
「同じ薬剤ですか」
「本検査を待つ必要がある。だが、簡易反応と症状の組み合わせは近い」
「眠っているように見える」
「そうだ」
先生は紙を畳んだ。
「犯人は、死を眠りに偽装している」
その言葉は、短かった。
でも、十分だった。
眠るような死。
眠らせる薬。
在宅医療。
信頼している相手から渡される何か。
見えてきた線は、細い。
けれど、確かにそこにある。
「藤堂さんは助かりました」
「運が良かっただけだ」
「次は、助からないかもしれない」
「だから急ぐ」
先生はそう言ってから、私を見た。
「だが、雑に急ぐな」
「……はい」
「藤堂の自宅には、真鍋刑事と行け。君ひとりで行くな」
「先生は?」
「俺は監察医務院へ戻る。検体の扱いと、三件の鑑定状況を確認する」
「わかりました」
「それと」
「はい」
「怪我をするな」
言葉が、不意打ちみたいに落ちた。
私は瞬きをした。
先生はもう私を見ていなかった。
黒いコートの襟を直し、歩き出そうとしている。
たったそれだけ。
心配していると言ったわけじゃない。
優しくしたわけでもない。
命令に近い、硬い言葉。
それなのに、胸の奥が少し揺れた。
「先生も、無理しないでください」
先生は足を止めなかった。
「無理と必要は違う」
「先生、それ本気で言ってます?」
「本気だ」
「本気なら余計に心配です」
今度こそ、先生の足が止まった。
振り返る。
街灯の下で、彼の目が静かにこちらを向く。
「俺の心配より、自分の安全を優先しろ」
「刑事に向いてない指示ですね」
「君には必要だ」
「先生には?」
「俺は自分で判断する」
先生はそう言って、また歩き出した。
私はその背中を見送った。



