「今井」
声をかけられて、私ははっとした。
捜査資料の貼られたボードの前で、真鍋先輩がこちらを見ている。
「沢渡先生、どうだった?」
軽い調子だった。
いつもの、少し人をからかうような声。
私は一瞬だけ、言葉に詰まった。
冷たかった。
有能だった。
死者に対して、恐ろしいほど誠実だった。
そして、生きている人間の血に怯えた。
でも、それは言えない。
「……噂通りでした」
「どっちの?」
「冷たい方と、有能な方です」
「両方か。最悪で最高だな」
真鍋先輩はコーヒーの缶を持ち上げ、軽く笑った。
その顔に悪意はない。
けれど、私は自然に自分の指先を握り込んでいた。
紙で切った傷は、もうほとんど痛まない。
ただ、思い出す。
止血して。
今すぐ。
あの声。
命令の形をしていたのに、どこか縋るようだった声。
「で、捜査協力をお願いするって話、どうなった?」
「……協力してくれます」
「おお。あの沢渡先生が?」
真鍋先輩の眉が上がる。
「どうやって口説いたんだよ」
口説いた。
その言葉が、胸に刺さった。
口説いたんじゃない。
私は、弱みを握って迫った。
氷の法医学者の弱点は――。
最後まで言わなくても、沢渡先生は理解した。
理解して、協力すると言った。
私は唇を噛みそうになって、やめた。
「事件の重大性を説明しました」
「ふうん」
真鍋先輩は疑わしそうに目を細めたけれど、それ以上は突っ込まなかった。
声をかけられて、私ははっとした。
捜査資料の貼られたボードの前で、真鍋先輩がこちらを見ている。
「沢渡先生、どうだった?」
軽い調子だった。
いつもの、少し人をからかうような声。
私は一瞬だけ、言葉に詰まった。
冷たかった。
有能だった。
死者に対して、恐ろしいほど誠実だった。
そして、生きている人間の血に怯えた。
でも、それは言えない。
「……噂通りでした」
「どっちの?」
「冷たい方と、有能な方です」
「両方か。最悪で最高だな」
真鍋先輩はコーヒーの缶を持ち上げ、軽く笑った。
その顔に悪意はない。
けれど、私は自然に自分の指先を握り込んでいた。
紙で切った傷は、もうほとんど痛まない。
ただ、思い出す。
止血して。
今すぐ。
あの声。
命令の形をしていたのに、どこか縋るようだった声。
「で、捜査協力をお願いするって話、どうなった?」
「……協力してくれます」
「おお。あの沢渡先生が?」
真鍋先輩の眉が上がる。
「どうやって口説いたんだよ」
口説いた。
その言葉が、胸に刺さった。
口説いたんじゃない。
私は、弱みを握って迫った。
氷の法医学者の弱点は――。
最後まで言わなくても、沢渡先生は理解した。
理解して、協力すると言った。
私は唇を噛みそうになって、やめた。
「事件の重大性を説明しました」
「ふうん」
真鍋先輩は疑わしそうに目を細めたけれど、それ以上は突っ込まなかった。



