推しと清く正しい逢瀬(デート)生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー

 そう言いかけると、成瀬さんがポケットから小さな封筒を取り出した。
「……実は、もう用意してある」
「え?」
 少し照れたように笑いながら、成瀬さんが封筒を私に差し出した。
「舞台に来てくれるって以前言ってたからさ。一応用意しておいた」
 差し出された封筒を素直に受け取る。
 成瀬さんの指が、ほんの少しだけ私の手に触れた気がした。
 その瞬間、胸の奥がまたぎゅっと締め付けられる。
 こんなの、まるで……。
 私はその封筒を握り締めたまま、成瀬さんから目が離せない。
 心臓がドキドキと高鳴る。まるで警鐘のようだ。これ以上はダメだと、私の中のもう一人の私が言っている。
 でも……だけど……。
 私はゆっくりと深呼吸をした。
 そして改めて成瀬さんを見つめる。すると、成瀬さんの頬が朱に染まっているのに気がついた。
「あの……」
 私が次の言葉を口にするより一瞬早く、成瀬さんが言った。
「俺、蓮みたいに石川さんの心に残る存在になりたいんだ」
 その眼差しはとても真摯で、そして、どこか切なげな色を帯びていた。
「それって……」
 私が言いかけると、成瀬さんは私から目を逸らした。
「だからさ、来てよ。舞台」
 自分の胸の音がうるさいくらい大きく耳に響く。
 だけど、それでも私は精一杯平静を装って言った。
「そんなに言うんなら、期待して観に行っちゃいますからね」
 私の煽りに、成瀬さんは「任せて」とはにかんだ。
 その笑顔があまりにも可愛くて、目が離せない。
 ドキドキと心臓の鼓動がうるさい。顔が熱い。
 胸の奥で甘く疼く何かを感じながら、私はいつまでも成瀬さんを見つめていた。
 沈黙がふたりの間にそっと降りる。
 だけど、それは気まずさではなく、どこか心地よい静けさだった。
 私は、手の中の封筒をそっと見つめた。
 この小さな紙切れが、ふたりの距離を少しだけ近づけた気がした。
「……舞台、楽しみ」
「マジで? これは本気で気合い入れないとなぁ」
 その言葉に、私は思わず笑みをこぼす。
 再び並んで並んで歩きだした私たちの間を、冷たい夜風が少しだけ強く吹き抜けていく。
 温もりを求めて、私たちはどちらからともなく距離を詰めた。
 肩がそっと触れ合う。それだけで、鼓動がさらに速さを増していた。
 舞台まであと二日。
 きっとその日、私はまだ知らない成瀬さんに出会うことになる。