推しと清く正しい逢瀬(デート)生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー

「そっか。落ち込んだ中学生の石川さんを、蓮の言葉が救ったってわけか」
「はい。蓮のあの言葉がなければ、きっと私はあのまま学校へ行かなくなっていたと思います」
 成瀬さんは何か言いたげに口を開きかけたが、結局何も言わずに口を噤んだ。
 今、私が私らしくいられるのは、あの日の蓮のおかげ。
 だから、私は蓮を全力で推す。私を暗闇から救ってくれた太陽を。
 そう力説する私に、成瀬さんは少し寂しげな眼差しを向けてきた。その切なげな視線に、私は思わず口を閉じる。
 なぜだかわからないけれど、心臓がドキドキと早鐘を打ち始めた。
 私が戸惑っていると、成瀬さんはふっと表情を緩める。
「それが俺だったら良かったのに」
 それはまるで独り言のような小さな声だった。けれど、その言葉は私の耳にはっきりと届いた。
 え?
 私の中で、時が止まる。
 今のはどういう意味?
 聞き返したいのに、うまく言葉が出てこない。
 言葉を探しながら、私は黙ったまま成瀬さんの顔をじっと見つめた。
 すると、成瀬さんは慌てたように表情を繕い、そのまま誤魔化すように小さく笑った。
 その笑みが、あまりにも切なげで、心臓がまたぎゅっと締め付けられる。
 しばらく無言のまま並んで歩いていると、不意に成瀬さんが口を開いた。
「石川さん」
 それはとても静かな声だった。けれど、そこには強い決意のようなものが感じられた。
「は、はい」
 緊張しながら返事をすると、成瀬さんはゆっくりと私の前に回り込み、立ち止まった。
 真っ直ぐに私を見つめるその眼差しが真剣そのもので、私の心臓は再びぎゅっと締め付けられる。
 なぜこんなにも胸が苦しいのだろう。
 成瀬さんが、真っ直ぐに私の瞳を見つめて言った。
「週末から舞台が始まるんだ」
 あまりにも唐突な話題に、私は戸惑いを隠せない。
 そんな私に成瀬さんが続ける。
「石川さんに観に来て欲しい」
 そう言った成瀬さんは、ふっと表情を和らげた。しかし、それはいつもより少し強張って見えた。
 緊張しているのだろうか。
「え? あ、はい。もちろん行くつもりでいます! でも、ご迷惑じゃないですか? 知り合いに観られているとやりにくくありません?」
 私の問いかけに、成瀬さんの頬がふっと緩む。いつもの優しい笑顔だ。
「一応プロなんで。そこは大丈夫」
 その口ぶりがあまりにも余裕たっぷりで、本当に私が観に行っても大丈夫なのだと少し安心する。
「あ、でもまだチケットが」