推しと清く正しい逢瀬(デート)生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー

「石川さんは強いな。つらい経験だっただろうに……」
 成瀬さんがポツリと呟いた。その言葉に、私は思わず目を見開いた。
 強い? 私が?
 私は慌てて首を振った。
「違います。私は全然強くなんかないです。その時だって、どうにかして辛い状況から逃げ出したいって、そればかり考えていましたから」
 私は苦笑を浮かべる。
「部活に行きたくない。誰とも顔を合わせたくない。そんな思いで、学校をズル休みしました」
 成瀬さんは黙って、私の言葉に耳を傾けてくれる。
「両親は仕事で不在。家には誰もいない。そんな静かな家で、私は一人ぼんやりとテレビを観て過ごしました。一人ぼっちの状況から逃げ出したかった。ズル休みをすれば逃げられると思ったんです。だけど、休んだら休んだで練習をサボってしまったことに罪悪感と焦りを感じました」
 あの時のことを思い出すと、今でも胸が苦しくなる。私は胸の前で拳をぎゅっと握りしめた。
 すると、成瀬さんの手が私の拳を優しく包み込んだ。
 その温かさに驚いて顔を上げると、そこには穏やかな笑みを浮かべた成瀬さんがいた。
 その笑みに癒され、私は話を続けた。
「胸の中がモヤモヤして。でも、中学生の私はどうしたらその気持ちを解消できるのかわからなくて。とても苦しかった。私はただ必死に頑張っただけなのに。どうして私がこんな思いをしなきゃいけないの? そんな憤りがありました。そんな時、テレビから声がしたんです。『努力はいつだって裏切らない。だから俺はいつでも全力で体当たりします』って」
 ずっとテレビをつけていたはずなのに、その時、初めて私は画面の中の彼の存在に気づいた。
 画面の向こうで眩い輝きを放つ彼に、私の心は鷲掴みにされた。
 テレビの中の蓮が放った言葉が、私の中でこだました。
 気がつくと、胸の中のモヤモヤは消えていて、代わりに「やってやる!」という気持ちが大きくなっていた。
「私は努力したから選抜メンバーに選ばれた。それでも今の私が嫌だと周りが言うのなら、周りを納得させられるだけの力をつければいい。そう思ったんです」
 蓮のあの言葉が、私の人生を変えたと言っても過言ではない。
 そして、その言葉は今でも私の心の中に根を張り、私を突き動かす原動力となっている。
 私が言葉を切ったのを確認してから、成瀬さんが口を開いた。
 その声はとても穏やかで、けれど、どこか切なさを含んでいた。