推しと清く正しい逢瀬(デート)生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー

 顔を上げると、そこにいたのは成瀬さんだった。
 相変わらず明るい髪色とは対照的に、落ち着いたブラウンのフレーム眼鏡をかけている。
 せっかくの整った顔立ちが隠れてしまっているが、仕事柄外を歩くときは仕方ないのだろう。
 私が「もちろんです」と即答すると、成瀬さんはにこりと笑ってから向かいの椅子に腰掛けた。その拍子にふわりと爽やかな香りが鼻先を掠める。
(あぁ、成瀬さんの匂いだ)
 ふとそんなことを思った。成瀬さんに会うのは随分と久しぶりだった。
「お久しぶりです。最近、お仕事忙しいんですか?」
 私が尋ねると、成瀬さんは少し困ったような表情を見せた。
「もうすぐ始まる舞台の稽古が大詰めなんだよ。……それから、ちょっとイレギュラーなこともあってね」
「イレギュラー? 何かトラブルですか?」
 私が首を傾げると、成瀬さんは慌てたように顔の前で手を左右に振った。
「トラブルとかではないんだけどね。まぁ、ちょっと……」
 珍しく成瀬さんが気まずそうな表情を見せた。
 いくら空気が読めないと言われる私でもわかる。これは、話せないことなのだ。
「お仕事のことは言えないことも多いですもんね。大丈夫です。これ以上は聞きません」
 私は成瀬さんの言葉を遮るように言った。
 成瀬さんは困ったように笑い、くしゃりと髪をかいた。
「ごめん。……でも、言えるときがきたら話すよ」
「いえ、そんな」
「……俺が聞いてほしいんだ」
 成瀬さんはそう言って、私を見つめた。その眼差しはどこか切なく儚げで、何か大きな決意をした人のものだった。
 私が口を噤んだのを了承と受け取ったのか、成瀬さんはそのまま話題を変えた。
「ところで、石川さんはScorpio(スコルピオ)の動画はやっぱり見ているの?」
 成瀬さんが言っているのは、Scorpioのオーディションのことだろう。
 私は頷いた。
「はい、もちろんです!」
 ここぞとばかりに三次選考を通して感じたことを話す。
 候補者それぞれの個性や魅力。蓮たちがスコッコを信頼してくれていること。グループの未来について。
 私の熱弁に、時々相槌を打ちながら成瀬さんは楽しそうに耳を傾けてくれた。
 一通り話し終えたとき、成瀬さんがおもむろに口を開いた。
「それで? 石川さんは誰にScorpioの未来を託したいと思ったの?」
 少し遠慮したような声音。けれど、その瞳は真っ直ぐに私を見据えていた。