推しと清く正しい逢瀬(デート)生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー

 候補者F。彼は歌もダンスも既存メンバーに見劣りしない力量を持っている。他の候補者と戯れ合うことはあまりないが、線を引いて孤立しているわけでもない。一歩引いて周りを見渡し、程よくサポートに回る。落ち着いていて物静か。それがFの印象だ。
 その落ち着きはFの声音にも表れている。彼の声はとても耳馴染みが良く、聴いているだけで心地よい。耳から沼る、そんな感覚だった。
 そして、私が動画をリラックスして見られたもう一つの理由。それは蓮との相性だ。
 動画の中の蓮は、歌やダンスのレッスンでFと組んでいる時が一番伸び伸びとしていて、楽しそうだった。
 動画を見る限りでは、蓮とFの背丈はそれほど変わらない。
 これは、蓮とのシンメ(左右対象の位置)が合うかもしれない。
 私は蓮とFが一緒にダンスレッスンを受けているシーンを何度も見返し、ステージ上で並ぶ二人の姿を思い描いていた。
 そして、三次選考最終日。
 投票締切時間ギリギリまで動画を見直し、蓮たちと候補者たちの親和性を確かめた。
 通過率0.1%という超難関を突破しただけあって、どの候補者も高いポテンシャルを秘めている。
 それでも、やはり私は一票をFに投じた。
 結果発表は一週間後。
 最終選考に進めるのは10人のうち上位5名。果たして誰が最終選考に進むのか。
 大切な一票を投じ終え、私はすっきりとした気持ちでいた。
 これまで、こんなに真剣にグループの在り方を考えたことはなかった。
 ただ推しに熱を上げる。
 それがアイドルとヲタクとの関係性だと思っていた。
 だけど、蓮たちはファンもグループの一員だと考えてくれた。グループの未来を左右する大切な決定をファンに委ねてくれた。
 グループを一緒に育てていく。
 そんな固い絆がファンとメンバーの間に芽生えた気がする。
 これまで以上にScorpioを、そして蓮を応援したい。三次選考を通して、そんな気持ちが強くなった。
 昂っていた気持ちを落ち着けようと、私はコーヒーへ手を伸ばす。
 随分前に注文したコーヒーはすっかり冷めてしまっていたけれど、今の私にはちょうどいい温度だった。
 私は成瀬さんのお兄さんが営むというコーヒーショップの常連になっていた。
 店内に漂うコーヒー豆の香ばしい香りが、胸の奥に残っていた熱をゆっくりと冷ましてくれる。
 コーヒーを飲み終え、カップをソーサーに戻したとき、声をかけられた。
「相席いいですか?」