推しと清く正しい逢瀬(デート)生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー

「じゃあ、今度は石川さんがお酒を用意してよ」
「え?」
「また、ベランダ飲み会しよう」
 思わず私は、成瀬さんの顔をじっと見つめた。
 成瀬さんも私を見つめ返す。その眼差しはどこまでも優しい。
 まるで慈しむような視線に、私の胸はますます高鳴る。
 あぁ……、ダメだ。この気持ちは隠さなきゃ。
 溢れそうになる想いを私はグッと胸の奥に押し込める。
 そして、何事もなかったかのように、二ヘラと成瀬さんへ笑いかけた。
「分かりました。とっておきを用意しておきます!」
 敬礼のような仕草をしてみせると、成瀬さんが嬉しそうに微笑み返してくれた。
 どうしても成瀬さんの笑顔に惹きつけられる。ずっと見ていたくなる。
 そんな自分の気持ちを自制するように、大きく伸びをした。
「それじゃあ、また」
 私は軽く頭を下げて、部屋へ戻ろうとした。
 しかし、成瀬さんに呼び止められる。
「そうだ。石川さん」
 私は再び仕切り壁から顔をのぞかせる。
 成瀬さんは何か言いたげに口を開いたが、すぐに口を噤んでしまった。
 そしてしばらく逡巡した後、ゆっくりと言葉を続けた。
「もしも……」
「はい?」
「……いや、何でもない」
 その声はいつもとは少し違い、固いような気がした。
 だけどそれは一瞬のことで、その後私の耳に届いた言葉は、何の変哲もない「またね。おやすみ」だった。
 成瀬さんは、笑顔で手を振るとそそくさと室内へ戻っていった。
 何を言おうとしたんだろう。
 気になるけど、今日はもう聞けない。いつか言葉の続きを聞かせてくれるかな。
 そんなことを考えながら、私も自分の部屋へ戻る。
 室内はエアコンが効いていなくて、とても蒸し暑かった。