推しと清く正しい逢瀬(デート)生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー

 私の声に驚いたのか、それとも突然顔を出したことに驚いたのか、目の前の成瀬さんの目も大きく見開かれていた。
 しばらくの間、無言で見つめ合う。
 やがて我に返ったのか、成瀬さんがパッと視線を逸らし、覗かせていた顔を引っ込めてしまう。
 仕切り壁の向こうに姿を隠してしまった成瀬さんに向かって、私は慌てて謝罪した。
「ご、ごめんなさい。驚かせてしまいましたね」
「い、いや。大丈夫。俺も突然声かけてごめん」
 仕切り壁越しの会話。なんだか成瀬さんの声が上ずって聞こえた。
 それ以上成瀬さんは何も言わない。私も何と言葉を発すればよいか分からず、黙ってしまう。
 ドキドキと心臓が波打つ。あまりに大きな音なので、成瀬さんに聞こえてしまうんじゃないかと心配になった。
 気まずい沈黙が辺りを支配する。
 私はなんとかドキドキを鎮めようと、スーハースーハーと深呼吸を繰り返す。
 何度か繰り返していたら、やっとドキドキが落ち着いてきた。
 ホッと胸を撫で下ろしたところで、仕切り壁越しに成瀬さんの声が聞こえてきた。
「あの、石川さん? 卵焼き焼いたから、温かいうちに食べない?」
 仕切り壁越しで顔は見えないけれど、成瀬さんが気遣わしげにこちらを見ているような気がした。
 卵焼き、食べたい。
 食欲に忠実な私は、ついそう思ってしまう。
 私はおずおずと口を開くと、小さな声で言った。
「頂きます」
 その途端、仕切り壁の向こうで安堵の息を漏らす音が聞こえた。
 次いで、壁の向こうから成瀬さんがそっと顔を覗かせる。
 私は仕切り壁からほんの少しだけ離れておいたので、今度は不意打ちのようなお見合いにはならなかった。
 目が合うと互いに苦笑いを零す。それがなんだかおかしくて、どちらともなくクスクスと笑い出した。
 成瀬さんが手を伸ばして卵焼きの乗った皿を差し出してくる。
「それ、全部石川さんの分だから」
 お皿に盛られた卵焼きは綺麗な黄色で、見るからにふんわりと柔らかそう。食べやすいように一口大に切り分けてあり、爪楊枝まで添えられている。
 至れり尽くせりのその様に、私は思わず感動してしまった。
 食べる人のことを考えた盛り付けだ。これって、本当に料理が得意じゃなきゃできない心遣いだよね。
 しみじみとそう感じながら、成瀬さんの作ってくれた卵焼きを頬張る。
 甘くてふんわりとした出汁の味が口の中に広がり、思わず顔が綻んだ。
 そんな私の顔を見て、成瀬さんも安心したように笑う。