推しと清く正しい逢瀬(デート)生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー

 途端に体温が上昇していく。
 パタパタと顔の辺りを手団扇で仰ぐけれど、ちっとも涼しくならない。
 かわいいって、私のこと?
 いやいや、まさかね。
 きっと「麦茶かぁ。子供だな」的なニュアンス……だよね。
 そう自分自身に言い聞かせてみるものの、一度上昇した体温はそう簡単には下がらない。
 それどころか、どんどん鼓動が速くなる。
 それに、そんな意味で言っていないことくらい、本当は分かっている。
 だって、成瀬さんは人を馬鹿にしたりしないし、誰かを見下したりもしない人だから。
 でも、かわいいだなんてど直球の言葉を投げられると、やっぱりどう対処すればよいか迷うわけで……。
 私は仕切り壁にもたれると、そのままズルズルと座り込んだ。
 はぁぁぁっと大きく息を吐き出す。
 推しの破壊力ってやばい。
 たった一言でこんなに動揺させられるなんて……。
 心臓がいくつあっても足りないよ。
 私は膝を抱えて丸まった。
 あんなにもさらりと「かわいい」が出てくるなんて、もしかして言い慣れてるのかな?
 そう思ったら、なんだか胸が痛くなった。
 蓮はバラエティ番組の中で、女性タレントを相手に、デレっとした顔でかわいいと言うことがある。
 それで笑いを取っているので、そういうものだと思っている。
 彼らのような煌びやかな世界にいる人たちにとっては、さほど特別な言葉ではないのだろう。
 成瀬さんだって向こうの世界の人なのだ。息をするようにかわいいと言うのかもしれない。
 ……もし本当にそうだったら、ちょっと嫌かも。成瀬さんにはもっと誠実に……。
 って、何考えてるの? 私ったら! 私はただのファンでそれ以上でも以下でもないはずでしょうが!
 私はヲタク。
 愛でる推しが近くにいるだけでも贅沢なのに。
 推しに注文を付けるなんて、恐れ多い。
 私は考えを振り払うかのように頭を振った。
 そして、膝を抱えて小さく丸まったまま再び大きく息を吐き出す。
 その時だ。
 カタンと音がして、成瀬さんが戻ってくる気配がした。
 慌てて立ち上がろうとしたが間に合わず、隣のベランダから成瀬さんの声がする。
「お待たせ……って、あれ? 石川さん」
 成瀬さんの戸惑ったような声がする。
「ここです。ここ」
 そう言いながら慌てて立ち上がった私は、仕切り壁からひょいと顔を覗かせた。
 瞬間、間近に迫る成瀬さんの顔に驚いて思わず小さく悲鳴を上げる。
「ひゃあっ」